商売繁盛で笹持ってこい!

10日戎ということで自宅のすぐ近くにある額田戎に行ってきました。

まずはお参りです。社殿に向かって「あんじょうよろしく」と商売繁盛を祈願します。それが終わると裏側に廻ります。えべっさんは耳が悪いというこ となので社殿の裏側にある木の板をたたいて、また「ほんまに商売繁盛よろしゅうなあ!」と念をおします。これでお参りは終了です。

これが今宮戎になると大きなドラになっていて、すごい混雑していますので皆で金ダライをバンバンたたいているような光景になります。

さてお神酒をいただいて、縁起物の買出しに。
今年も熊手にしました。これでお金をかき集められるようにならなくては(笑)

さて額田戎では縁起物を買うと、福引ができるのですが、今年はなんと4等賞の洗剤があたりました。いつもははずれのティッシュばかりでしたので、今年は商売繁盛かなあ!

奥田兄弟・深蒸し茶の故郷 飯高へ

お茶と言えば宇治、静岡が有名ですが、三重も茶の生産地として有名で生産量は全国3位になっています。

松阪からずっと山の方へ入っていくとやがて櫛田川沿いに走る道になりますが、峡谷のような風景がひらけ、まわりは茶畑だらけでになります。ここらあたりが飯高で、深蒸し茶の故郷です。

深蒸し茶とは摘んできたお茶の葉を蒸気で蒸す時、普通の煎茶の約2~3倍の時間をかけて作られるお茶のことです。

日経ビジネスの最新号にJ・フロントリテイリング(大丸&松坂屋)の奥田社長の記事が出ていました。トヨタ会長の奥田氏と兄弟で津の生ま れですが、二人とも戦争で祖母の里である飯高・上蛸路に疎開していたんですね。津の実家が空襲で焼けてしまったため、10代半ばまで飯高ですごしたそう で、よくホタル採りをしていたそうです。

さて、飯高の深緑茶房へ寄ってきました。ここには緑茶喫茶があり、お茶の入った急須と砂時計が出てきます。この砂時計の砂が落ちた時がちょうど飲 み時になります。庭園も見えるし落ち着いた店内で、癒されますね。

そうそう天皇杯も授賞されているお店です。あれってトロフィーとか受け取って店に飾った 後、皇居に返しに行かないといけない賞なんですね。

さて松阪まで戻るとちょうどお昼時でした。まさか和田金なんか絶対に入れませんので、すぐ近くにある不二屋で五目焼きそばを食べてきました。なか なかボリュームがあって好きなんですが、今日は卵が別に出てきて、上に少し窪みを作って入れてくださいとのことでした。なんかチキンラーメンのような食べ 方で、いつ変わったのかなあ。

もう就職活動が本番!

本日から冬期休暇が終わり大学の講義開始。「明けましておめでとう」とわざわざ挨拶に来る礼儀正しい学生もおりますが、出席率は80%ぐらいですね。
さて12月にわりと3回生が休んでいるので欠席理由を聞いてみたら、企業説明会に参加していたという返事が。もう応募エントリーを締切する企業も出ているそうで、えらい前倒しになっています。
選考などは2月ぐらいから始まるようで早いと4月には内定というスケジュールのようです。2ケ月ぐらい早まっていますね。これから不況になりそうな兆候なのに企業側も強気でええんかいな。

御勘定登り 江戸時代より遅い決算報告

個人事業なので正月以降の経費計上は2008年度分になります。
というわけで会計ソフトで期末処理を行いました。これって江戸時代の商家と同じだったんですね。
新潮新書の「江戸奉公人の心得帖-呉服商白木屋の日常」を読むと毎年、正月3日から棚卸を行い、新しい帳面へ付け替え、報告書を作成したとあります。
前年末の残った掛を回収し、記帳を19日に終えています。これが決算報告になります。つまり締め切ってから19日で決算報告書を作っていることになります。けっこう早いですね。
決算報告が出来上がると祝儀袋が店中に出されて、支配役が京都にあった本店に向けて報告するため「御勘定登り」をしたそうです。その後、本店で連結決算をしたんでしょうなあ。
さてウチの事務所では支払調書などが揃うのが1月末なので、それと辻褄をあわせたりと決算報告書作成は2月になってからですね。江戸時代より遅いなあ

仕事はじめの予定が

明けましておめでとうございます。
そろそろ仕事初めをしようとパソコンにスイッチをいれたのはいいのですが、テレビには箱根駅伝の様子が。
そしたらなかなか白熱した試合に今日は全然繰り上げスタートがないなと見入っていると、順天堂大学が突然のブレーキ。
もうゴールじゃないかとテレビに向かってつっこんでいるうちに終に棄権に。
よしよし箱根駅伝が終わったと思ったら次はジャイケルマクソンの吉本国勢調査が始まってしまいました。すいません関西ローカルで。(笑)
ウーン、こら見るしかないですね。
気がついたら「浪乃音」の絞りたてを開いて飲み始めておりました。ウーン、仕事はやめやめ!