織田信長が歩いた道が残る勝幡城

勝幡城
名古屋市新事業支援センターの窓口相談が終わってから名鉄で勝幡(しょばた)駅へ。駅から少し歩いたところに勝幡城跡があります。
織田信長は那古野城(現在の名古屋城の前)で生まれたという説がありましたが、最近の学説では勝幡城で生まれた説が有力です。二重の堀で囲まれていた館城で、江戸時代まで城跡は残っていたようですが、尾張藩が日光川を開削する時に城をぶっこわしてしまったようです。ただし縄張図を残したため、どんな城だったかが現在まで伝わりました。
主郭の半分は現在の日光川になり、半分は住宅街になっていますが、城西や城之内などの地名が残っています。岩波新書から「信長の城」(千田 嘉博著)が出ていて、現在の地図と勝幡城跡を重ね合わせて考察していますが、住宅街にある小さな小道が勝幡城の虎口につながる道と判明。城跡にはなにも残っていませんが、織田信長や織田信秀、柴田勝家らが歩いた道が残っていました。
感慨に浸って織田信長が歩いた道を歩いていたら夕立が!落ち武者のごとくずぶぬれになりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です