吉野・本善寺 蓮如上人創建

吉野の飯貝にあるのが本善寺です。石垣の上の高台にあり、飯貝御坊とも呼ばれています。どうみても城郭スタイルですね。裏山頂上にある飯山城を詰城として平地の城の風情です。

本善寺
本善寺

■蓮如上人
本善寺を創建したのが蓮如上人で、蓮如は衰退していた本願寺を再興した人物として有名です。畿内・北陸・東海を中心に布教し、越前に吉崎御坊を作り一向宗の一大拠点となります。山科本願寺や石山御坊(後の石山本願寺)を作り、最後は山科で亡くなっています。「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる」という御文でも有名な人物です。蓮如の3代後が顕如で石山本願寺で織田信長と10年以上にわたり戦いました。

本善寺は大和における浄土真宗寺院の中心になっていきます。当時は天文法華の乱など宗教通しでも争っていた時代で、イスラム国やタリバンどころの騒ぎではなかったですね。石山本願寺なんか堅固な城になっていて信長が10年間も攻めあぐねました。

信長と石山本願寺が戦っていた時に筒井順慶が吉野を攻め、本善寺の大半が破壊されます。江戸時代に本殿などが再興されました。

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