上狭川城

JR笠置駅から笠置街道を1時間ほど歩くと上狭川城入口に着きます。

Googleマップで調べると上狭川城跡登城口があり、現地に行くと確かに山道があったので登り始めましたが、途中から山道が消え、ひたすら尾根道を探して、直登することになります。なんとか登りきると郭の搦手に出られました。この山道は郭に祠があり、この祠へ行くための行者道の名残だったようです。現在は反対側にきちんとした山道が整備されていて狭川東町公民館から登れるようになっています。帰りはこちらから降りました。ちなみに狭川東町公民館に館があったそうです。

上狭川城
上狭川城

■福岡氏
上狭川城は土豪・福岡氏の城です。福岡氏は清和源氏の流れをくみ狭川庄をおさめていました。戦国時代、山内一豊の家来になり関ケ原の戦いの後、山内一豊が土佐をおさめることになった時、随従して土佐へ。幕末に五箇条の御誓文を起草した福岡孝弟に続きます。

■上狭川城
この福岡氏の上狭川城は単郭ですが、歴史の変遷とともに虎口がえらいことになっていきます。最初は単純な虎口だったようですが、さらに技巧を加え連続した枡型になっています。堀底を進んで4回も方向転換しないと城にたどりつけないようになっていて、土塁から十字砲火をあびせられる鉄壁の守りになっています。

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