日本にはもうひとつ国家があった

vrk2012.jpg日本の中にもう一つ国家があったことをご存知ですか?

プリンセストヨトミの話ではありません。

■関西電子共和国の誕生

1995年4月1日に建国された国家で、名称は「関西電子共和国」。元々は東京への一極集中では駄目ではないかという議論からスタートしました。
日本の東西に政府を作り、それぞれの風土にあった政治を行い、「どうも、私は東の政府の方が向いている。」と思えば東の政府に税金を払い、「西の方が向い
ている。」と思えば西の政府に税金を払います。

例えば汚職などが起きれば、誰も税金を払わなくなって政府が廃れ、別の政府の勢力が大きくなります。つまり政府が緊張感をもって政治運営ができるよう二大政党制ではなく二大政府制で実現する仕組みです。

ただ現実世界では難しいので、当時、技術者の世界からようやく一般の世界に拡がり始めたインターネットを使って行おうという話になりました。他に
も色々なシミュレーションを行う場を作りたいということもあり、市民が自主的に参加する電子社会のシミュレーションの場として関西電子共和国が建国されま
した。

■国民になるには

国民になるには共和国憲法に賛同し、関西に興味がある人なら誰もが国民になることができました。

そのため大阪の居酒屋では

「明日、映画でも行かない?」

「ごめん、明日は共和国会議があるんだ。」

とスターウォーズの一場面のような会話が行われていました。

■関西電子共和国の今

色々な実験を行っていましたが、電子商店などが登場する以前に電子決済などの商取引を行う実験を始めようとしました。ところが公的機関にサーバー
を置いていたこともあり、商取引はまずいということになり旧約聖書のような流浪の民になってしまったのが共和国滅亡の原因の一つになっています。

ただ各地に共和国戦士が生き残り、あきらめずレコンキスタ(国土回復)運動をしておりますので、そのうち復活するかもしれません。

映画プリンセストヨトミを見に行った時に、大阪国総理大臣 真田幸一(中井貴一)が「壊すのはとても簡単だ。 だが、一度壊したら、 二度と戻すことはできない。」と会計検査院に言うセリフがありますが、涙なくして見られませんでしたね。

大阪国は本当にあった!

vrk201105.jpg「プリンセス・トヨトミ」の映画がまもなく公開されますが、物語の舞台になっているのが大阪国。大阪には豊臣秀頼が滅んでから徳川幕府に知られないよう連綿と秘密が守られ、現在は大阪国という国があります。知っているのは大阪に住んでいる男だけという設定です。

ですが、かって本当に大阪国はありました。国の名前は関西電子共和国。1995年4月1日に建国されました。けっこう真面目な国で、東京への一極集中では駄目だからスタートした国家です。

日本の東西に別の政府を作ることにより、例えば汚職などが起きれば一方の政府には誰も税金を払わなくなって政府が廃れ、別の政府の勢力が大きくなります。政府が緊張感をもって政治運営ができるよう二大政党制ではなく二大政府制で行おうという仕組みです。

インターネット環境上に国を作って本邦初の電子選挙などを実施しました。最初の電子選挙は共和国の大統領選挙。平成7年7月7日午後7時つまり
1995年の七夕に選挙が行われたのですが、投票締切から結果発表まで数分という電子選挙の威力をまざまざと体験できた選挙でした。出口調査も何もいりま
せん。この時、大統領に就任されたのが今は亡き中島らもさんです。

当時、大阪の居酒屋の会話。

「明日、映画でも見に行かない?」

「ごめん、明日は共和国会議があるんだ。」

まるでスターウォーズの一場面のような会話が行われていました(笑)