Googleマップで大和馬ヶ脊城を探す

大和馬ヶ脊城
JR王寺駅から南方向の高台にあるのが孝霊天皇陵。第7代目の天皇で欠史八代(実在しない天皇)の一人と考えられていますので、本当は誰の陵なんでしょうね。もっとも安康天皇陵のように本当は山城跡なのに天皇陵にしてしまった例もあるので、いいかげんなものです。
孝霊天皇陵は山の上にあるのですが、周りは住宅街となっています。ここにあったのが大和馬ヶ脊城。最近のGoogleマップはすごいですねえ。山城も出てくるようになっています。これで山城への踏破口まで表示してくれたら完璧なんですが、踏破口がないんで切岸を登ったり、藪を突っ切ることになります。
大和馬ヶ脊城は在地武士団(大和国人)である片岡氏(片岡城が本拠)が、松永久秀(信貴山城を本拠)と戦闘を繰り広げたと伝えられる“幻の砦”「馬ケ脊(せ)城跡」と言われています。改修の痕跡もあり、織田信長が信貴山に立て籠もる松永久秀攻めで再利用した可能性も言われています。
「【図解】近畿の城郭2」に大和馬ヶ脊城の単郭の縄張図が掲載されていました。王寺だから近いと思っていたら2008年に発掘調査され破壊されてしまっていました。500年も保存されてきた山城なのに、もったいないな~あ!

Café & bar ねこまんま

Café & bar ねこまんま
午後は桑名商工会議所で三重県プロフェッショナル人材戦略拠点のセミナーがあり、終わってから三重県よろず支援拠点の相談があるので桑名へ来ております。
桑名駅前に銀座通りというスナックや居酒屋など夜の店が集まった一角があります。昼間通るとシャッター街なんですが、ここに最近、オープンしたのが「Café & bar ねこまんま」というお店。カウンターだけのお店です。今日のランチ(800円)はふわふわ卵がかかったパスタでした。これにスープとサラダがつきます。パスタにウインナーが入っているのがいいですね。メニューを見ると本当に”ねこまんま”もあります。(笑)
ランチの後に飲んだコーヒーが美味しかったです。まったりとしていたらセミナーギリギリでした。今日は私が講師をするわけじゃないので気楽なものです。

Google19年目の誕生日

Google誕生
本日(2017年9月27日)はGoogle19年目の誕生日。
■なぜか9月27日が誕生日になった
スタンフォード大学の博士課程に在籍していたラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが1998年9月4日にGoogleを設立しました。法人設立は9月4日なんですが、なぜか誕生日は9月27日になっています。2004年までは9月7日が会社の誕生日でしたが、2005年9月に最初のインデックス(索引)の1,000倍のインデックスに到達しそうだったので、到達祝いと誕生日祝いを兼ねて9月27日にずらしたようです。
■ググるという言葉はここから
Google創業時の画面は、今とは違いゴチャゴチャしたデザインでした。画面の左には「Stanford Search」や「Linux Search」の文字が見えています。右にはメールアドレスを入れるとアップデートを教えてくれるサービスもありました。現在のようなシンプルな画面になるのは1999年の4月頃です。
■インターネットで情報収集するには技がいった
Google登場以前はロボット型検索が少なく、インターネットでいろいろな情報を集めるには技がいりました。そこでGoogle誕生の1年前(1997年2月)に出したのが「インターネット情報収集術」(秀和システム 水谷哲也・佐々木篤 共著)という色々な技を紹介した本。いくつかの技は今でも有効です。最近、書棚の奥から10冊ほど見つけて、我ながら面白いことを書いているなと感心しています(笑)。
■ガレージから創業
Googleはリフォルニア州メンロパークにあったガレージから操業しました。実際に借りていたのは5ヶ月間という短い間でしたが2つの地下室と車2台分のガレージがあり、大家は2人の知り合いでグーグル世界本社という看板をかけていました。ただトイレがなかったので母屋へ行ってトイレを借りていました。このあと、エンジニアを増やすためパロアルトのダウンタウンにあった自転車店の2階に移転します。このガレージは創業の地ということで後にグーグルが購入。今や地元の観光名所になっています。
アメリカのITベンチャーはガレージで創業するのが定番になっています。アマゾンもシアトルのガレージから出発しましたが、創業者のジェフ・ベゾスによるとアマゾンが成功した時に、「アマゾンもガレージからスタートした」と言いたいがために、わざわざガレージで創業したそうです。
というわけでGoogle創業期などの面白いウンチクが分かる「バグは本当に虫だった」をぜひ、どうぞ!
→ バグは本当に虫だった-なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話

あなたの知らないドローンの世界

菱田社長
昨夜は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西のセミナーを開催。タイトルは「あなたの知らないドローンの世界~伸鉄業からロボット業へ大転換~」で講師は菱田技研工業株式会社の菱田社長です。
空撮などですっかりおなじみのドローンですが、操作する人は多くても実際に作っている方は少なく、橋梁検査などで実際に産業ドローンを作っている菱田社長にドローンの世界を解説していただきました。ドロドロした業界事情などもおうかがいしました(笑)。
さすがに会場で大きな産業ドローンを飛ばすわけにはいきませんので、こちらは動画で紹介。おまけとしてオモチャのドローンを飛ばすデモがありました。手で操作もできるし子供向けの簡単な言語でプログラミングもできるんですね。
1901年(明治34年)、八幡製鐵所第一高炉に火入れが行われ日本の鉄産業がスタートします。鉄が徐々に注目されだした1920年(大正9年)、菱田代表の曾祖父が大阪の九条で伸鉄業を始めます。紆余曲折があり、平成7年(1995年)に思い切って伸鉄業から撤退。業界紙である鉄鋼新聞に”老舗の菱田技研工業が伸鉄から手を引いた”と大きく掲載されます。こちらの歴史の話も面白かったです。

片岡と雪丸

雪丸
片岡城のある片岡は古い地名で飛鳥時代には名前が登場します。
日本書紀に片岡山伝説が出てきます。聖徳太子が片岡に行った時に、飢えた人が道に寝ていたので、聖徳太子は食べ物を与え、自分の衣服を脱いでその人を覆い「安らかに寝ていなさい」と語ります。ところが翌日には死んでしまい、聖徳太子は埋葬を命じます。数日後、聖徳太子は埋葬した人は聖(ひじり)に違いないと語り、墓を見に行かせたところ遺体はなく衣服がたたんでありました。周りの人は「聖(ひじり)は聖を知るというのは、真実だったのだ」と語って、ますます聖徳太子を畏敬したという、なかなか不思議な話です。
聖徳太子が飼っていたペットまで不思議でして、それが雪丸という犬。王寺町の公式マスコットキャラクターになっています。この雪丸には、人間と話をしたり、お経を唱えたりすることができたという話が残っています。主人も不思議なら飼犬まで不思議ですねえ。
教科書に厩戸王(聖徳太子)と紹介されるようになり話題となった聖徳太子ですが、実在しなかったという説から蘇我馬子の長男である蘇我善徳を聖徳太子とする説まであります。

大和片岡城

片岡城
JR王寺駅から和歌山線に乗り換えて一駅目が畠田駅。駅を降りて丘を登ると片岡城があります。中世の城では珍しく案内板まであります。堀切などが見事に残っています。
珍しく誰が築城したかもわかっていて片岡国春という人物。1550年に築いたようです。片岡氏は鎌倉時代から続く武士団で、太平記に大塔宮護良親王に付き従う九名の中に、赤松則佑とともに片岡八郎の名がでており、片岡氏の一人とみられています。
大和は筒井党と越智党との抗争のなどがあり、最終的に片岡氏は筒井方についていましたが、松永久秀に片岡谷を攻められ落城しています。
松永久秀の配下となった片岡城は大改修され、現在の遺構はこの時のもののようです。松永久秀が信貴山城に立て籠もり織田信長に反旗を翻しましたが、支城の片岡城は明智光秀勢の攻撃を受けて落城します。

太陽の道 謎の北緯34度32分

斎宮
■秋分の日 二上山の真ん中に夕日が沈む
2017年は9月23日(土)が秋分の日となります。秋分の日、山の辺の道にある檜原神社境内には毎年、多くの人が集まり西の空を眺めます。真西には卑弥呼の墓という説もsる箸墓古墳があります。さらに真西にある大阪との県境にある二上山の雄岳、雌岳のちょうど真ん中にある竹ノ内峠に夕日が沈む光景を見ることができます。
※春分の日にも見ることができます。
■太陽の道とは
檜原神社は元伊勢と呼ばれ、豊鍬入姫命がここから天照大神を祀るところを探し、最終的に伊勢神宮へ遷座することとなりました。豊鍬入姫命が初代の斎王となりますが、この斎王が暮らしたのが斎宮です。この檜原神社から真東に行ったところにあります。また檜原神社をずっと西に行くと淡路島にいたり、ここにあるのが伊勢の森です。元伊勢の東と西にまっすぐ行ったところに伊勢があります。
この直線が北緯34度32分線で太陽の道と呼ばれ、一直線上に多数の神社や古墳、遺跡が並びます。1980年というと生まれていない人も多いと思いますが、NHKで「知られざる古代―謎の北緯34度32分をゆく」という番組が放映されブームを起こしました。ディレクターは水谷慶一(親戚じゃないです)で、海音寺潮五郎や司馬遼太郎などそうそうたるメンバーが出演していた「日本史探訪」という番組を作ったディレクターです。あの頃から歴史好きだったんだあ。(笑)
■太陽の道を歩く
実際は北緯34度32分に正確に並ぶわけではなく少しずれたりはするんですが、一直線にちかいのは驚嘆ですね。
私も若い頃、太陽の道を踏破してやろうと昔の海岸沿いにあった大鳥神社からスタート。真東へ進み行基の生家だった家原寺から萩原天神を超えて、さらに東へ進みます。ここらあたりから東へ進む道はなくなり、住宅街に迷い込み、さまよいながら、なんとか喜志駅までたどりついてギブアップしたことを覚えています。
近鉄大阪線が太陽の道に近いところを通っていて車窓から楽しめます。おすすめは長谷寺と榛原駅を出て右手に見える天満神社で、この2つとも太陽の道沿いにあります。

BLAST2002 第50回記念研究会

BLAST2002
2002年、大阪で中小企業診断士の3次実習を行ったメンバーを中心に組織した研究会がBLAST2002。参加資格は新制度での合格者というだけで入会金も会費もなく、年3回ほど研究会を開催しています。
設立以来15年が経過し、昨日は記念すべき50回目の記念研究会。参加申込が多く、37名入るセミナー室よりも多い申込で立見が出る予定でした。ところが台風18号が大阪を直撃しそうとなり、帰りの交通機関が危惧されるということで30名弱に減少。ゆったり座れました。
メインコンテンツは
『タイトル未定 M&Aなどいろいろ』田辺さん
『京都100年企業に学ぶ企業継続の3つの秘訣』林さん
『プリキュア14年を振り返る』玉島さん
で、あいかわらず個性的な発表ばかりでした。

Iot、ビッグデータ、AIはどう関連するのか?

最近、新聞などを見ると”コールセンターにAIを導入して顧客対応”、”タクシーの需要予測をAIで行って売上アップ”、”トイレの空き状況をIotでスマホに知らせる”など、連日のように報道されています。
ですが「Iotって何?」という質問もよくあり、「その内実は分からない」という人も多そうです。Iot・ビッグデータ・人工知能(AI)がどう関連するのか考えてみましょう。はたして、ニコラス・ケイジが映画に出るとプールで人が死ぬのでしょうか?
All About「企業のIT活用」最新ガイド記事です。
→ Iot、ビッグデータ、AIはどう関連するのか?

軽子坂

鮮魚列車
情報図書館RUKITの入っていた軽子坂MNビルの軽子坂って軽籠(かるこ)に由来しているんですね。飯田濠には神楽河岸があって船から陸揚げしたそうで、 船荷を軽籠に入れて運搬する人が住んでいたことから名付けられたそうです。
揚場町(あげばちょう)という名前も残っていて荷を揚げることからきているそうです。軽籠は縄で編んだモッコのことですが、早朝に近鉄・鶴橋駅に着くと竹で編んだ大きな籠を持った人がドヤドヤと降りていきます。魚などを仕入れに小売商や飲食店で鶴橋駅周辺の卸売市場へ行くのでしょう。
そうそう先日、久しぶりに名張駅で大阪から伊勢方面へ向かう3両編成の鮮魚列車を見ましたが、乗っているのは一人だけでした。全国を走っていた行商列車も今や近鉄だけになってしまいました。ドライバー不足などでトラックから電車へのモーダルシフトが行われていますが行商という形態では難しいですかねえ。