ワクチン接種 2回目

昨日、大阪商業大学へ行って2回目のワクチン接種を行ってきました。

ワクチン接種
ワクチン接種

接種2回目で流れも把握しているためスムーズに終わりました。1回目では「風呂は入ってもいいけど飲むのはダメ」と女医さんに言われましたが、今回の男性のお医者さんは「風呂に入ってもいい」と言うだけ。「何か質問はありますか」には藪蛇になるとダメなので「何もありません」と答えました。

2回目の副反応がきついと聞いていたので、日曜、月曜と予定をいれなかったのですが1日たっても腕が少しだけ固くなっただけで、熱も何も出ません。ウーン、これは副反応が出るほど若くないということなのかな~あ。

本のダブリをなくす切実な問題

歳をとると共に同じ本をダブって買うことが多くなり、慎重に奥付をチェックしています。

書店
書店

もっとも本は見た時に買わないと委託期間終了と共に棚から消えるのと、年間購読量以上に買うクセがあることも理由の一つです。

■念には念をいれて奥付をチェック
先日買ったのが産経NF文庫から出ている「戦国武将の選択」(本郷和人)
新刊コーナーにあり、奥付を見ると「本書は産経新聞に連載中の記事に加筆、再構成したものです」と記載されていました。初版は2021年4月20日になっていて、よし今まで買った本じゃない!ということで買ってツンドクの中に。

先日、ツンドクから取り出して読んでみると、おっ、この話を知っている。この話もだあ!時たま本の元になる産経新聞のコラム記事を読んでいるので、そのせいかと思っていて、読書記録を見てみたら、2015年に産経新聞社から出ていた同じ本を買って読んでいました。

■なんで以前に出た本が新刊で出ているのか
おかしいなあと思って調べると出版元は潮書房光人新社で、もともとは潮書房と光人社が合併した会社を2017年に産経新聞社が買って子会社にしたものです。出版業界は銀行業界と同様に大変な業界なんでM&Aがよく行われています。

そこで産経NF文庫という新しい文庫レーベルをスタート。それはよいのですが以前に産経新聞社から出していた文庫をこっちに移して新刊で出したんですなあ。ウ~ン。こりゃ見抜きようがないな~あ。

読んだ本をしっかり覚えておけばよいのですが、それを言っちゃあ、おしまいよ。

岡山の仕事がリモートに

今頃、朝から備中高松城の附城を巡っているはずだったのに(泣)
今年度も岡山の仕事があったのですがコロナ禍の影響でリモート対応に。緊急事態制限が解除されたので最後ぐらいは対面にならないかなと思ってましたが、結局、リモートでした(泣)。


そのまま一泊して岡山のB級グルメであるデミカツ丼やそばめしを食べて城巡りをする魅惑的なプランがなくなってしまいました。コロナのバカヤロー!!

お酒と原稿生産性

お酒を飲みながら原稿を書くと、とっても生産性が上がります。

と思っていたら

題名に惹かれて読んだ「小説家になって億を稼ごう」(松岡圭祐、新潮新書)に、アルコールが入っているからこそ傑作が書けるというのは大いなる間違い。細部の情報を省略しているため楽に作業が行えるように錯覚しているだけと一刀両断でした(笑)

この本で面白かったのが読書家はごく一部で、日本人が40人いても39人はお客ではないそうです。読書は生来の素質に大きく左右され、能動的に文章を読んで、受動的に内容を解釈し楽しみや喜びにつながる層とは一握りになるそうです。そのため日本最大のベストセラー文芸は600万部程度になりますへ~え、そんなもんなんですか。

2021年、ツンドクを解消しないと

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

ツンドク
ツンドク

ステイホームの正月です。いい機会なんでツンドクを解消しなければ!
なんでツンドクが解消しないのか長年の疑問でしたが、ようやく理由が分かりました。最近は読むスピードが落ちて年間100冊ほどなのに、買うスピードが130冊ほどになっているからです。

なるほど昔の読書量で買えばツンドクが増えるはずです。先日、新井素子の「素子の碁-サルスベリがとまらない」を読んでいたら年間400冊読んでいるという記述があって、上には上があるもんですね。

よおく考えたら100冊×1000円×40年で計算すると400万円の出費ですなあ。もっとも、この期間に使った酒代に比べたら安いものです(笑)。

『走れ!歌謡曲』がいよいよ終了

40年以上も前の受験生時代、朝型だったので朝4時には起きて勉強してました。
...あの頃のバイタリティーは一体、どこへいったんだ~あ、と自分につっこむ。

走れ!歌謡曲
走れ!歌謡曲

ラジオから流れていたのが『走れ!歌謡曲』。日野自動車が深夜を走るドライバーを応援するために提供している番組でした。放送は3~5時で、番組が終わる頃にちょうど朝日が昇っていました。

5時からは浪曲でしたねえ(笑)。6時になるとブラームス作曲の『大学祝典序曲』が流れ、『大学受験ラジオ講座』が始まります。提供していたのは旺文社でテキストは書店で買ったのかなあ。数学担当の講師が朝から『数学の歌』というのを歌っていたのを今でも覚えています。

勉強しているのかラジオを楽しんでいるのか、よく分からない受験生時代ですが、この懐かしい『走れ!歌謡曲』はまだ放送されていたんですね。いよいよ2021年3月で終了するそうです。

「地球の歩き方」事業譲渡

「地球の歩き方」が学研プラスに事業譲渡されたと報じられました。

「地球の歩き方」、懐かしいなあ。創刊されたのは1979年で当時、フレーム付きのバックパックを担ぎ個人旅行するのが流行っていました。大学最後の卒業旅行で出かけた人も多いでしょう。旅費はバイト代で貯めるので貧乏旅行しかできません。そこで重宝するのが「地球の歩き方」。現地の安宿情報が満載でした。インターネットどころかパソコン通信もない時代です。

私もバックパックを担いでヨーロッパを1ケ月半ほど旅してきましたが、皆、「地球の歩き方」を参考にして周遊するので、安宿で出会うのは日本人学生ばかり。しかも物価がめちゃくちゃ高いスイスを避けますのでドイツルートかスペインルートで回ります。パリで別れたのにローマの安宿で再会することがありました。マドリッドで福岡から旅していた若い画家と出会ってトレドへグレコの絵を見に行きましたが元気にしているかなあ。

パックツアー向けの航空券をばらしてバックパッカー向け格安航空券を売るところから創業したのがHISとなります。

猛暑

それにしても暑いですなあ。

猛暑
猛暑

goo天気で40年前の1980年8月大阪の最高気温を見ると31~32度で一番高い日が34.2度でした。35度以上になると今は猛暑日といいますが、この気象用語が登場するのは2007年からです。それまでも猛暑日はありましたが、たまに起きる程度で常態化することから用語が生まれました。大学時代、下宿や役所には冷房がなく、それでも乗り切っていましたからねえ。

現象は世界中で起きていて、北海道よりも緯度が高いイギリスでは一般家庭にはまずエアコンはありません。そこに襲い掛かるのが熱帯夜です。BBCがいろいろな対策を呈示しています。

●家の中の室温を下げる工夫をすること カーテンやブラインドの活用
●就寝前に飲むソフトドリンクの成分に注意 カフェイン入り、アルコールは控えめに
●眠れない時は心を穏やかにすること スマホを触ったらダメ
などなどです。

早く雪が降って山城シーズンにならないかなあ

謹慎と閉門

大阪の緊急事態宣言がようやく解除。まだまだ休業しているお店が多いのですが人出は増えてきました。朝の地下鉄・中央線は、まだすいていて座席も空いています。昔、地下鉄が生駒駅どまりだった時代は、けっこうすいていたのですが、そんな感覚ですね。今は学研奈良登美ヶ丘駅まで延長されています。

閉門
閉門

■謹慎
大阪はようやく謹慎が解けました。謹慎というのは、もともと刑罰の言葉で一定期間外出を禁止されることをいいます。それが転じて活動を休止することも言うようになりました。徳川慶喜が大坂で敵前逃亡して江戸に戻ってきた時、上野の寛永寺に入りましたが、これも謹慎です。緊急事態宣言はお願いでしたので江戸時代の謹慎みたいなものですね。

■遠慮
他には遠慮があります。関西では「遠慮の塊」という言葉がありますが、本当の遠慮は自宅に籠ることですが、夜中に出歩くぐらいは目をつむってもらったようです。また他人が訪れるのはOKでした。もう一つ厳しくなると逼塞(ひっそく)になると他人が訪れるのもダメになります。吉田松陰は脱藩によって命じられたのが逼塞です。

閉門は門扉や窓を閉めて、昼夜ともに出入りを許さない状態ですので、こうなるとロックアウトですねえ。

ベニスに死す

疫病バトン 第七回(最終回)は「ベニスに死す」です。

【疫病バトン・ルール】
●疫病をテーマに7日間投稿する
●友達にバトンをお願いしたらダメ。友達をきっとなくします(笑)

ベニス
ベニス

トーマス・マンの「ベニスに死す」をルキノ・ヴィスコンティが1971年に映画化しました。テーマ曲にグスタフ・マーラーの交響曲第5番・第4楽章アダージェットが使われ、とっても印象的。舞台は疫病が流行しているベニス。主人公も最後は疫病で命を落とします。

■リド海岸へ
大昔の学生は小田実の「何でも見てやろう」や五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、バックパックに荷物を詰め込んだ放浪旅行が流行っていました。持参するのは「地球の歩き方」。ヨーロッパを目指すなら赤い表紙が印象的なトーマスクックの時刻表です。ということで航空券だけ予約してバックパックを持ってヨーロッパへ出かけました。

目的の一つがベニスのリド海岸、そう「ベニスに死す」の舞台です。夜行列車でベニスに入り現地で知り合った日本人学生と水中バスでリド海岸へ向かいました。リド海岸といっても単なる海水浴場、他のメンバーは映画を見ておらず感激しているのは私一人だけ(笑)。皆、大学四回生だったのでアドリア海を見ながら「日本へ帰ったら就職だなあ」としゃべっていたのを思い出しました。