糸車の幻想

糸車の幻想

大阪府よろず支援拠点へ行くと昼休みに、まず大阪国際ビル1階にある紀伊国屋書店をのぞくのですが、本屋の対面に大阪商工信用金庫・本店ビルがあって、ここに変なオブジェがあります。ビルができた時にオブジェがあるのは知っていたのですが、今日はすぐ近くまで見に行ってきました。外側からホールへ上がる階段を登ったところにあります。ガウディーみたいなモチーフで、なかなかでかいですねえ。

調べると「糸車の幻想」というオブジェで船場といえば繊維の街なんで糸車ということです。1961年に東洋紡本町ビルができた時に飾られていたそうで60年以上も前のものです。2017年にビルが建替えられて大阪商工信用金庫・本店ビルになった時に移設されて一般公開されています。デザインは日本のガウディと呼ばれた建築家の今井兼次という人物だそうです。堺筋本町の交差点にあります。

堂島グランドビルにマクドナルド

堂島グランドビル

リンクスウメダへ向かう前に、懐かしい堂島グランドビル前を通るとマクドナルドができていました。以前はみずほ銀行だったところです。

大学卒業後に入社したのがSRA関西支社で、堂島グランドビルと信号を渡った古河ビルにオフィスがありました。当時は上新庄に住んでいたので阪急梅田駅が最寄り駅でしたが梅田地下ダンジョンを通って雨に濡れずにオフィスまでいけました。

1980年代の堂島グランドビル1階には第一勧業銀行が入っていて便利でした。その後、みずほ銀行になって今度はマクドナルドです。小さな書店もあり、堂島はNTTや富士通などIT系企業が多かったので情報系の本が充実しており雑誌「Bit」と「UNIX Magazine」をよく買っていました。

堂島グランドビル地下1階にあったのが紅茶の名店「ムジカ」です。堂島地下街には民宿センター(?)でしたっけ、全国の民宿予約ができるお店があって便利でした。まだインターネットもない時代で民宿やホテルは電話予約が当たり前の時代です(笑)。その近くにはドムドムバーガーがあったなあ。今は昔の話です。

初詣2024

枚岡神社

河内一之宮の枚岡神社へ。昼ぐらいに行くと混雑していますが、朝はさすがにすいていますね。

河内は物部氏の土地で物部系の神様が多いのですが、なぜか枚岡神社は中臣氏の神様です。歴史はめちゃくちゃ古く、奈良の春日大社は枚岡神社の天児屋根命と比売神を勧請したので元春日とも呼ばれています。

枚岡神社は、ふだんはすいていて集客力はいまひとつ。近くにある物部の神様である石切神社はお百度参りなどで、いつも賑わっています。

大阪城のライトアップ

大阪城

昨夜、大阪城を歩いていると天守閣が赤くライトアップされていました。

大変だあ!大阪城にかけつけなければ!!
と大阪人なら考えますが、インバウンド客以外に誰もいませんでした(笑)。そういえば、もう一つの印である瓢箪がなかったなあ。
12/1は世界エイズデーでレッドリボン運動をやっており、大阪城を赤色にライトアップしていたようです。

■プリンセス・トヨトミ
今は新刊の「ヒトコブラクダ層戦争」が出ていますが、万城目学の小説に「プリンセス・トヨトミ」があり、映画化もされています。大阪国という、日本政府も密かに認めているもう一つの国家があり、400年にわたり大阪人は秘密を守り続けています。ただし大阪城が赤くライトアップされ、瓢箪が配られると緊急事態発生ということで大阪人は大阪城へ向かわなければならないという奇想天外な物語です。

プリンセス・トヨトミは小説ですが、実際にバーチャル上ですが関西電子共和国(VRK)という別国家があり、国民に一員でした。関西電子共和国は亡くなってしまいましたので、レコンキスタをしなければ!

38年ぶり阪神優勝

阪神

前回、阪神が優勝したのが1985年。通信の自由化が行われた年です。日本電信電話公社がNTTとなり、家庭でいえば黒電話がなくなってカラフルな電話が登場した時です。ちょうどプログラマーをやっており、働き改革なんて言葉の登場以前ですから終電で帰る毎日。上新庄の賃貸住宅で貴重な睡眠時間を確保して寝てたら、朝5時ぐらいに六甲おろしをトランペットの演奏とともに歌っている一団が行進していきます。しかも住宅街の中を!「勘弁してくれ!」が阪神優勝の印象ですね。もっとも21年ぶりの優勝だったので、ビール1本目21円という破格値の居酒屋には行っておりました。(笑)

やがて優勝から遠ざかり、道頓堀に沈めた「カーネル・サンダースの呪い」だというまことしやかな噂が流れます。「探偵!ナイトスクープ」が道頓堀を探しましたが見つからず、2009年にようやく発見されます。ですが結局、2023年まで優勝はおあずけ。呪いがとけるまで14年かかることになります。平安時代のようにカーネル・サンダースを祭る御霊神社を建立すれば、もう少し短くなったかもしれません。38年ぶりなんでビール1本目38円の居酒屋は登場しないかなあ!

志貴県主神社

志貴県主神社

東高野街道から少し離れたところにあるのが志貴県主神社。県主(あがたぬし)って日本史で習いましたね。県主という言葉に反応して東高野街道からはずれて訪れました。

ヤマト朝廷が任じた地方官で国(国司)の下が県(県主)になります。一帯には志貴県が置かれ、志貴県主が管理していました。実際は地域の実力者を追認するイメージでしたので、けっこう羽振りがよかったようです。古事記には、いい家に住んでるんじゃないかと雄略天皇にいちゃもんをつけられる志貴県主が登場します。

■タイパ重視で総社となる
志貴県主神社近くに石器時代から続く国府遺跡があります。奈良時代になると河内国の国府が置かれ、国府遺跡は有力候補ですが、まだ見つかっていません。国府が置かれたことで志貴県主神社は総社になりました。国司が赴任すると一宮から順番に任地の神社を挨拶回りするのが慣例でした。

タイパ重視なのは昔も変わりません。全部回るのは面倒くさいと始まったのが総社です。これは国内の神社を国府の近くの1ケ所に集めることで、総社神社や六所神社という名前で全国に残っています。岡山県の総社市には美作国の総社神社があります。そら1つの神社を回っただけで全部OKなんでお得ですね。今も四万六千日(しまんろくせんにち)なるもんがあって1日のお参りだけで46,000日分の功徳があるというラッキーデーです。

東高野街道をゆく(道明寺)

道明寺

近鉄・道明寺線の名前の由来になっているのが道明寺です。天覧相撲に勝った野見宿禰を祖とするのが土師(はじ)氏で道明寺あたりを本拠地にしていました。もともとは土師氏の氏寺である土師寺と土師神社が中心で道明寺天満宮(土師神社)近くには土師寺時代の五重塔礎石跡などが残っています。当時は大伽藍だったんですね。道明寺天満宮の一角には元宮・土師社があり、野見宿禰が祭られています。明治の神仏分離で道明寺は天満宮と別れ東高野街道を隔てた西隣に移されました。

道明というのは菅原道真の幼い時の名前だそうで、本当ですかいなあ。道真が大宰府に向かう時に道明寺にいた伯母を訪ねたそうです。土師氏は西大寺近くの菅原の地にも住んでいて、道真の曽祖父の菅原古人の時に菅原氏を賜っています。お母さんは伴氏です。

東高野街道をゆく(誉田八幡宮)

誉田八幡宮

応神天皇陵の南にある誉田八幡宮で、祭神はもちろん応神天皇で両親となる神功皇后、仲哀天皇も祭神になっています。応神天皇については実在説、架空説がありますが、なんらかのモデルになった人物はいるようです。神功皇后の三韓征伐はどうかなと思いますが、好太王碑があるので、倭が百済や新羅といろいろと渡り合っていた時代です。応神天皇は誉田天皇(ほむたのすめらみこと)ともいいます。

誉田八幡宮は簑の辻近くで応神天皇陵という高台もあるので陣をはることが多く、戦場になりました。南北朝時代には楠木正行が陣をおいています。室町時代は畠山政長と畠山義就の後継者争いで誉田合戦が行われます。大坂夏の陣では、薄田隼人正が境内に陣を敷いて出撃していきました。

東高野街道をゆく(白鳥神社)

白鳥神社

東高野街道と竹内街道が交差する簑の辻を北に進むと白鳥神社の参道があります。

■ヤマトタケル
古代の英雄である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は東国征討の後、伊吹山の神との対決に敗れます。草薙剣を尾張の奥さんの元においていったのが仇になりました。病気となり大和を目指しますが、能煩野(のぼの 三重県亀山市)で亡くなります。死に際に望郷の思いから歌ったのが「倭は国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる やまとしうるわし」です。奈良というとこの和歌ですね。

■白鳥陵
亡くなった日本武尊は白鳥の姿となって飛び立ち、大和琴弾原(奈良県御所市)、河内古市(大阪府羽曳野市)に降り立ちました。ということで、この3ケ所にお墓が作られます。古市に作られたのが白鳥陵(軽里大塚古墳)です。もともと白鳥陵に神社がありましたが、兵火や慶長の大地震などで衰微し、1784年(天明4年)に現在地に移されました。祭神は日本武尊ですが、八岐大蛇から出てきた草薙剣との関係かスサノオと奥さんのクシナダヒメも祭神になっています。あと明治になって高屋神社を合祀したので、その祭神である饒速日命、安閑天皇も祭神になっています。

石切さんのお祭り

石切神社

土日は石切さん(石切劔箭神社)のお祭りでした。枚岡神社に比べるとこじんまりとしたお祭りです。もっとも、祭り以外は閑散としている枚岡神社と違って、石切さんは毎日、お百度参りや参拝などで賑わっています。

■物部の神様
石切神社も河内にあるので祭神は高屋神社と同じ饒速日命(にぎはやひのみこと)で物部の神様です。一説には神武天皇に抵抗して敗れた長髄彦(ながすねひこ)を祭っているのではという説もあります。河内といえば物部なんですが枚岡神社は別で中臣氏の神様である天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭っています。春日大社を創建する時に枚岡神社から勧請されました。

■法通寺跡
祭りにあわせて宝物が穂積殿で公開されていました。「太刀 石切丸」など刀剣が多いせいか、女性が多かったですね。この穂積殿の工事で白鳳時代から室町時代頃まで存在した古代寺院・法通寺の基壇が見つかり、この基壇がそのまま展示されていました。