Google25周年

今日はグーグル設立25周年なんですね。
グーグルの設立は1998年で日本では、空から恐怖の大王がやってきて、アンゴルモアの大王を蘇らせると皆が信じていた頃です。

Google25周年

■プロポーズに使われたGoogleロゴ
グーグルのロゴですが、祝日や著名人の誕生日になると凝ったロゴに変ります。このロゴを描いているのが韓国系アメリカ人であるデニス・ホワンという人物。スタンフォード大学で芸術とコンピュータサイエンスを専攻している時にインターンとしてグーグルに入社。グーグルがまだ小さな会社だったので、アートを専攻していることから、ウェブマスターと兼任でロゴ担当になりました。このデニス・ホワンですがロゴをプロポーズに使ったことがあります。ロゴの上にカーソルを持ってくるとプロポーズの言葉が飛び出る特製ロゴを作り、会社の許可をとって1時間だけグーグルのサイトに掲載しました。彼女に連絡し、泣いて感動している時に、急いでふつうのロゴに戻しました。なんともオシャレなプロポーズです。

またグーグルロゴの4色はレゴからきています。最初に最初に作られたサーバ・ケースにレゴが使われていたのは有名な話です。レゴケースに4GBのハードディスクを10個搭載したサーバを使ってグーグルを動かしていました。シリコンバレーのレストランの店頭には「Google」というナンバープレートが飾られています。このナンバープレートには「グーグルの株を買わなかったのはあまりに愚かだった。そこで、ナンバープレートは買った」という説明書きがついています。

などウンチク話については「バグは本当に虫だった」(ペンコム)をお読みください。

POSが壊れると

丸亀製麵

お昼は丸亀製麵へ。うどんの茹で上がりで待たされることはあるのですが、今日は会計でした。POSレジが故障したようで、メーカーに電話しながら復旧をしている様子。客は並んでいるので手作業での会計となります。当然、カードなどは使えず現金だけです(笑)。ふだんPOSに慣れきっているので商品価格が分からず、「とり天、いくらだったっけ?」と、とり天のメニュー表を確かめにいくので余計に時間がかなります。おまけにスマホの電卓での作業となり、会計に2名以上の人員がとられテンヤワンヤでした。

BCPの観点からいくと店には電卓を2つ用意し、小さな値段表と売れた数を「正」で記載できる商品一覧表は常備しておいた方がよいでしょうね。何かあった時のバックアップの検討は必須です。

使いにくい登記のオンライン申請

会社の登記事項証明書や印鑑証明書を取得しようとすると法務局へ行って窓口で申請する必要がありましたが、カードがあると法務局の機械で発行することができます。以前は谷町2丁目あたりに法務局があったので大阪府よろず支援拠点へ行ったついでに寄っていたんですが、2023年1月に大阪府警察本部横の合同庁舎に引越ししてしまいました。

登記・供託オンライン申請システム

というわけで最近は「登記・供託オンライン申請システム」でオンライン申請しています。ソフトをダウンロードして使うのですが発行手数料などはPay-easy(ペイジー)で支払いできます。支払いが終わると登記事項証明書などが郵送されてきます。

オンラインで便利なんですが、表示される納付番号などが小さい!おまけにコピーできないので、紙に番号を転記してペイジーで支払っています。しかもシステムの使い方が独特で、操作方法に慣れないといけないし、IDもいろいろな行政サービスが使えるGビズIDとはと違うし、まだまだデジタル化は遅れまくっていますねえ。

人生、宇宙、すべての答えは

書店をのぞくと、ずいぶん昔に出た「銀河ヒッチハイク・ガイド」が平積みされています。懐かしいSFですねえ。帯には「世界一受けたい授業でイーロンマスクが影響を受けた本と紹介」などと書かれています。へ~え、テレビで紹介されて、また注目されているんですね。

銀河ヒッチハイク・ガイドと言えばGoogleで「人生、宇宙、すべての答えは」と検索してみてください。
結果は「42」です。

ついでにChatGPTでも聞いてみました。

ちゃんと結果は「42」です(笑)。
ただ解説までついていて、ちょっと興ざめですね。Googleのようにシンプルな回答の方がいいなあ。

「なんで42なの?!」という疑問をお持ちの方は下記をご覧ください。

→ 人生、宇宙、すべての答えは「42」

山城が不得意のChatGPT

話題のChatGPTで山城のことを聞くと、それらしい回答は返ってきますが、間違いが多いですね。

山中

例えば「秀吉の小田原攻めで山中城があっという間に落城したのはなぜ?」と聞いたら「山中城は城壁が脆弱であり、防御力が低かったことが挙げられます。また、山中城には兵力が少なく、城兵の士気も低かったため、守りきることが困難だったと言われています。」との答え。

ちゃいまっせ、山中城は鉄壁の城で兵も十分にそろえていましたが秀吉軍が常識破れの物量作戦で攻めたのと、落城させなければ秀吉ににらまれるという怖れから人的損害を気にせずに攻めた点にあります。攻撃側の大名・一柳直末も討死する激戦でした。回答が本当かどうか人間が判断しなければなりませんが、けっこう難しいですね。

弥生オンライン

本日は中小企業診断士試験の2日目。

朝から超難関の経営法務、ITが得意じゃない人にとっては難解な経営情報システム、中小企業白書をどこまで読み込んだかで決まる中小企業経営・中小企業政策の3科目が待っています。受験生の皆さん、がんばってください。

弥生オンライン
弥生オンライン

■弥生オンライン
法人会計はFreeeを使っていますが個人事業は20年前に独立してからずっとインストール型の弥生会計を使っています。経費の集計が主なので古い弥生会計を使っていたのですが、あまりに古いと新バージョンにデータ引継ぎできませんよというメールが届いたので、オンライン型へ移行。1月~7月までの仕訳データをオンラインに移し、銀行口座の連携設定、とりあえず移行作業は終了です。仕訳を直接いれるのはFreeeや弥生インストール型の方が楽ですねえ。

弥生会計も古いですね。もともとは1978年設立の日本マイコン販売が弥生会計の基本を開発しました。大番頭を作っていたミルキーウェイとインテュイット(アメリカの会計ソフトメーカー)のノウハウを結集して新会社を設立、これが弥生株式会社になります。ライブドア傘下となりライブドア事件に巻き込まれたりと大変だったんですが、老舗の会計ソフトとして生き残っています。

クラウド会計におされているので弥生会計の最新CMは”カード明細などを自動で取込み、AIが自動で仕訳”とオンライン押しになっています。

インターネット・エクスプローラ サポート終了

1995年といえば1月17日に阪神淡路大震災が発生した年です。情報が錯そうする中、神戸市職員が、被害の様子をデジカメで撮り、インターネットで世界に送り続けたことがテレビなどで報道されたことから、大災害時の通信手段の一つとしてインターネットが意外に役立つことが認識されました。

インターネット・エクスプローラ
インターネット・エクスプローラ

■Windows95登場
同じ1995年の暮、11月23日「勤労感謝の日」にウィンドウズ95が発売されます。秋葉原、大阪・日本橋、名古屋の大須商店街など各地の電気屋街には深夜に向けて続々と人が集まり、店舗前には長い行列。午前0時ジャストにウィンドウズ95販売が開始されますが、深夜のカウントダウン・イベントがテレビや新聞で大きく採りあげられ、お祭り騒ぎとなります。

■インターネット・エクスプローラ
テレビを見ていた人への宣伝効果はバッチリで、ウィンドウズ95をきっかけに、はじめてパソコンを買う人が続出。今はサブカルチャーの街となった秋葉原ですが、パソコンや周辺機器を求める人で賑わう電気屋街として発展していきます。ウィンドウズ95にはインターネット・エクスプローラなどインターネットの機能が標準搭載されていました。ウィンドウズ95を買えばインターネットが簡単に始められるというイメージ戦略もあって、人気に拍車をかけます。

簡単といってもモデムに接続するために暗号のようなコマンドなどを覚える必要はありました。ただウィンドウズ95がきっかけで個人や企業へ急速にパソコンが普及していきます。この時に誕生したインターネット・エクスプローラですが、 2022年6月15日にサポートを終了しました。

Zoom無料版に時間制限 5/2から

  • Zoom無料版を1対1で使う場合、時間制限なしだったのですが5/2から40分の時間制限をかえると、しれっと発表されています。Zoom無料版でログインすると一番上に表示されていますが、気が付かない人が多いでしょうね。私もさっき教えてもらうまで気づきませんでした。

    いろいろと調べるとプレスなどでも発表されておらず、全世界共通のようで4/22ぐらいから海外でも話題になっていました。まあ有料版の契約しているのですので個人的には困らないのですが、支援機関などでオンライン相談に使っているところも多いので影響大ですね。

INSネット64は今も現役

パソコン通信が辞書から消えるのでISDNも辞書から消えるのかなと思ったら意外や意外、今も現役なんですね。

ISDN
ISDN

NTT西日本のサイトを見たらINSネット64の申込ページが今もありました。1本の電話回線を2本にでき電話もパソコン通信もできる優れもので、テレビでは「はじめちゃん(バカボン)」が宣伝していました。

ISDNに必要だったのがTA(ターミナルアダプター)という機器で、高くって、おいそれと手が出るものではありません。札幌のベンチャー企業だったビーユージがNTTと共同開発し、1995年暮れに39,800円という安価で発売開始。日本橋のマックコレクションで見つけた時は「やった!」と思いましたね。パソコン通信の会議室にISDN接続の顛末を連載していた記憶があります。つなぐのも大変な時代でした。

MN128を出したビーユージですが今はビー・ユー・ジーDMG森精機株式会社になっていました。

パソコン通信が辞書から消える

パソコン通信などの言葉が死後化したということで三省堂国語辞典から消えるそうです。

Nifty-Serve
Nifty-Serve

■パソコン通信って何?
インターネットが普及する前の1980年代にあったのがNifty-ServeやPC-VANなどのパソコン通信。全国の人とネットを通じて議論や情報交換できる夢のようなツールでした。本屋にパソコン通信の入門キットが売られていて、市ごとの電話番号(アクセスポイント)が掲載されていました。パソコンからモデム経由で自宅に近いアクセスポイントに電話をかけ電話回線を通じてパソコン通信をすることができました。

電話代とは別に通信費が1分間に10円ほどかかり、従量制料金なので、どんどん課金されて、請求書を見て目をむくころになります。そこで巡回ソフトを導入することになります。ウィンドウズでは“NifTerm”と呼ばれる巡回ソフト、マックでは“ComNifty+魔法のナイフ+NIFTY-Jぞーさん+茄子R”という組み合わせが定番でした。これで通信料金を節約していました。

■夢のテレホーダイが登場
1995年、NTTからテレホーダイという画期的なサービスが登場します。深夜23時から翌朝8時までの間、どれだけ通話しても一定料金(市内なら月1,800円)にするというサービスです。ただし定額制になるのは事前に指定した2つまでの電話番号だけです。

NTTでは遠距離恋愛している恋人へ電話料金を気にせず電話できるという利用者モデルを描いていたかもしれませんが、飛びついたのはパソコン通信利用者でした。「これで通信料金を気にせず、巡回ソフトを使わなくても思い切りパソコン通信ができる!」皆、考えることは同じで23時直前にパソコンに陣取り、時計とにらめっこ。23時になった途端にモデムからアクセスポイントに電話をかけます。