飛び出し坊や

近江の山城に登ろうと街中を歩くと必ず目にするのが「飛び出し坊や」。ドライバーに飛び出しを注意喚起するためのもので元々は八日市市(現在の東近江市)で生まれました。八日市といえば天秤棒一本で全国を巡った近江商人の故郷です。

飛び出し坊や
飛び出し坊や

これが全国に拡がりましたが、設置数ナンバーワンといえば滋賀県でしょう。県内のいたることろで見ますが、いろいろとバリエーションがあり安土にあったのが信長バージョンでした。ストラップやクリアファイルなどのいろいろなグッズも売られています。版権はどこが持っているんだろう。

ソースの二度漬けOK

LECの講座が夕方までだったのでホワイティ梅田にあるヨネヤへ。赤垣屋は、あいかわらずの「密」状態で敬遠。ヨネヤの立ち飲みカウンターに立ち寄ると、まずは従業員が検温と手のアルコール消毒。

ソースの二度漬け
ソースの二度漬け

串カツ名物のソースとキャベツ(カウンターに置いてあるのを好きなだけ食べる)は一人用に変更されています。というわけで「ソースの二度漬けOK」と書かれていました。

そうは言いましても長年しみついた習慣は、そう簡単に変わりません。結局、一度漬けだけで終わりました。

LEC梅田で講座

今日は「勤労感謝の日」。三連休だというのに、せっせと働いております。

LEC
LEC

LEC梅田で中小企業診断士講座の経営情報システムを担当しており、担当分は本日で終わり。経営情報システムはCRMやらSCMなどの3文字熟語が多い科目です。特にインターネットのプロトコルがやっかいでARP(IPアドレスをMACアドレスに変換)、NTP(時刻あわせ)など暗号のような用語を覚えなければなりません。

最近はRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)などAIやIoTがらみで新たな用語も増え、ますます大変になっています。

毎回、受講生から「これ覚えなければなりませんか?」という質問が出ますが「ハイ」とやさしく答えております(笑)。

黒門(宇陀)

古代、阿騎野(あきの)は薬狩り(薬草摘み)する土地で、片岡鶴太郎さんが出ている救心製薬のCMに薬狩りの絵が出てきます。

黒門
黒門

南北朝時代は秋山氏が支配し、宇陀には他に澤氏、芳野氏がおり宇陀三将と呼ばれていました。秋山氏は松永久秀と組んでいましたが豊臣の世の中となり秀吉の弟である豊臣秀長が大和国国主として入封すると秋山氏は追放されます。

■黒門(松山西口関門)
その後、城主がコロコロ変わりますが、関ケ原の合戦の後に入ったのが福島正則の弟である福島孝治。この頃に作られたのが黒門(松山西口関門)で、現在も唯一残っています。宇田川に橋がかかっており橋を渡ると左に折れた所に黒門があり、黒門を過ぎると今度は右に折れさせるようになっていて大手道としてこちらも残っています。

大坂の陣の後は織田信雄が入り、織田家が4代続き丹波国柏原に移ってからは幕府領になります。

エッジAIとは? レジやロボット、スマホにもAIが搭載されるとどうなる?

久しぶりにガイド記事を作成。テーマは「エッジAIとは? レジやロボット、スマホにもAIが搭載されるとどうなる?」です。

アマゾンのAIサービスやIBMのワトソンなどクラウドAIが流行っていますが、最近話題になっているのがエッジAIです。

→ エッジAIとは? レジやロボット、スマホにもAIが搭載されるとどうなる?

宇陀松山城(秋山城)

宇陀三将の一人である秋山氏が居城として築いたのが最初で当時は秋山城と呼ばれていました。豊臣政権となってから城主がいろいろと変わり山城から近代的な城郭へと改修されていきます。

宇陀松山城(秋山城)
宇陀松山城(秋山城)

関ケ原の戦いの後、福島正則の弟である福島高晴が城主となりましたが、大坂夏の陣で豊臣方に内通したと福島高晴は改易されます。宇陀松山城は廃城となり小堀遠州らが城割(城を壊すこと)を行いました。

平成になってから発掘調査が行われ主郭などが総石垣で造られていたことが明らかとなり整備されました。今は城までハイキングコースになっていて主郭からは宇陀の街並みを見ることができます。

柿本人麻呂が「ひむがしの野にかぎろいのたつ見えて かへりみすれば月かたぶきぬ」と歌った阿騎野が今の大宇陀になります。

『走れ!歌謡曲』がいよいよ終了

40年以上も前の受験生時代、朝型だったので朝4時には起きて勉強してました。
...あの頃のバイタリティーは一体、どこへいったんだ~あ、と自分につっこむ。

走れ!歌謡曲
走れ!歌謡曲

ラジオから流れていたのが『走れ!歌謡曲』。日野自動車が深夜を走るドライバーを応援するために提供している番組でした。放送は3~5時で、番組が終わる頃にちょうど朝日が昇っていました。

5時からは浪曲でしたねえ(笑)。6時になるとブラームス作曲の『大学祝典序曲』が流れ、『大学受験ラジオ講座』が始まります。提供していたのは旺文社でテキストは書店で買ったのかなあ。数学担当の講師が朝から『数学の歌』というのを歌っていたのを今でも覚えています。

勉強しているのかラジオを楽しんでいるのか、よく分からない受験生時代ですが、この懐かしい『走れ!歌謡曲』はまだ放送されていたんですね。いよいよ2021年3月で終了するそうです。

「地球の歩き方」事業譲渡

「地球の歩き方」が学研プラスに事業譲渡されたと報じられました。

「地球の歩き方」、懐かしいなあ。創刊されたのは1979年で当時、フレーム付きのバックパックを担ぎ個人旅行するのが流行っていました。大学最後の卒業旅行で出かけた人も多いでしょう。旅費はバイト代で貯めるので貧乏旅行しかできません。そこで重宝するのが「地球の歩き方」。現地の安宿情報が満載でした。インターネットどころかパソコン通信もない時代です。

私もバックパックを担いでヨーロッパを1ケ月半ほど旅してきましたが、皆、「地球の歩き方」を参考にして周遊するので、安宿で出会うのは日本人学生ばかり。しかも物価がめちゃくちゃ高いスイスを避けますのでドイツルートかスペインルートで回ります。パリで別れたのにローマの安宿で再会することがありました。マドリッドで福岡から旅していた若い画家と出会ってトレドへグレコの絵を見に行きましたが元気にしているかなあ。

パックツアー向けの航空券をばらしてバックパッカー向け格安航空券を売るところから創業したのがHISとなります。

内原城

大宇陀に桜井へ抜ける道があり、ここにあったのが内原城。誰が造った城なのか分かりませんが松永久秀が秋山城を攻める時に築いた陣城ではないかと言われています。

内原城
内原城

城に入る道はなく崖を登るしかないのですが、何とか登って郭に入ると藪だらけ。しょうがないので郭の堀を巡っていました。縄張図を見ると3つの郭があり虎口だけは分かりました。縄張図には畝状竪堀も書かれていて探しましたが、見つかりませんでした。

井足城

榛原駅から少し行った井足にある城。

井足城
井足城

宇太水分神社下社への参道入口の対面にある丘の上にあり、丘に向かう山道があったので進むと途中で道がなくなります(笑)。仕方なく崖を登って尾根沿いに進んで城に到達しましたが、もう少し楽に登れる道を後に発見。

城主は井足(いだに)氏で、井戸下荘を本貫としていました。宇陀三将の一人である秋山氏に従っていたようです。

城跡は大きな郭が3つほどあり、櫓があったと思われる高台がありました。芳野川を見下ろせますので川沿いの街道をおさえる城だったのでしょう。