
信長の弟(信興)が討死した城で有名です。築いたのは織田信興で古木江城や鯏浦城を築いて、服部友貞が党首の服部党や長島の一向一揆勢に備えていました。今は横を小さな川が流れていますが当時、このあたりは輪中(洪水から集落や農地を守るために、周囲を堤防で囲った地域)の一でした。元亀元年(1570年)、信長と石山本願寺との戦が始まると長島でも一向宗が蜂起し、古木江城を襲撃。信長や滝川一益らは援軍を出せる状態になく6日後に落城、織田信興は討死にします。
城の遺構は残っておらず蓮池などになっていますが、城にあったと言われる富岡神社が祀られています。城の隣を道の駅「立田ふれあいの里」リニューアルにあわせて都市公園として整備中ですが、ここで死闘が行われたことを示すようなものは、どうもできなさそうですね。