横大路をゆく(3)

横大路

横大路は上ツ道、中ツ道、下ツ道と交差しますが、下ツ道との交差は札の辻として整備されています。当時の旅籠が交流館として整備され、近鉄八木駅から近いので観光客も立ち寄っています。横大路は二上山の麓まですすんで竹内街道となり、竹内峠を超え太子町に入ります。ここは聖徳太子のお墓や遣隋使・小野妹子の墓などがあり、王家の谷のような場所です。

古市を進んでいくと巨大古墳群に囲まれた道が続き、金岡から難波京に向かう難波の大道に接続します。長尾街道はそのまま西に向かい堺の大小路(堺環濠の入口)に至ります。

カンボジアをゆく(8) ホテル事情

「ソカ シェムリアップ リゾート & コンベンションセンター」というホテルに泊まっていましたが、大型会議やらイベントなどもできる大型ホテルでした。テレビでは現地のローカル番組をやっていますが、日本、韓国、中国、欧米の観光客が多いせいかそれぞれの放送が流れています。日本語はNHK東京の放送で、関東の天気予報を見ながら「ばけばけ」も見ていました。

テレビでホテルの案内を流していましたが、他にもいろいろな施設をもっていてソカはカンボジアの巨大な地場財閥のようです。カンボジアの最高気温は30~35度で、室内は冷房がきいて快適ですがサーバーなどは暑さ対策が大変で、古典的に扇風機をまわしていました。

ファイティングコンサルタンツ新年会

ファイティング・コンサルタンツ新年会

ファイティングコンサルタンツという20年以上前はコンサルティング・ファーム(経営コンサルティングのコンサルティング会社)を目指していた中小企業診断士の研究会。10年ぐらい前から歴史探訪&酒飲み集団に変貌しています。新年会の会場は恒例の黒門市場・寿恵廣です。黒門市場をのぞいてみましたが、中国からのインバウンド客が減っている影響なのか従来の2/3ほどの人出ですね。それでも多いのですが。

寿恵廣2階でいつものように鰤シャブです。12時に集合して、結局16時まで4時間ほど飲んでました。

中ツ道をゆく(14) 東九条

中ツ道

中ツ道をゆくシリーズもいよいよ終了です。

五徳池を超えてすぐの所に南永井町の信号があり、ここが平城京の九条大路で西に行くと羅城門跡があります。実際の中ツ道は残っておらず、754号線は斜め北に向かう道なので、中ツ道は左にずれていて畑などを通り現在の五徳池を突っ切っています。中ツ道は平城京の東南の端に至り、南北を結ぶ東四坊大路に接続しています。

九条大路で羅城門が見つかったので平城京の南は九条までと考えられていましたが、2018年に九条大路の南側で十条大路の遺構が発見されます。ところが、わずか二十年以内で埋め戻されていたようで、いまもよう分かっていません。

隠岐の島(1)

隠岐

奥さんと隠岐の島へ 

なんでも離島巡りにはまっていて、旦那をおいて、いろいろな離島へ行っています。「隠岐の島なら行く」ということで隠岐へ。

■隠岐の島ウルトラマラソン
大阪府中小企業診断協会に「走る診断士」という青いTシャツを着た謎の集団があります。「走るためなら死んでもいい」というストイックな団体で、この団体が押し寄せる大会の一つが隠岐の島ウルトラマラソンです。なんで参加費まで払って100kmも走らないといけないのか、よう分かりませんが、まあ人にはいろいろな趣味がありますので強いことは言えません。

前泊、後泊しないといけないし終わった後に宴会をしますので隠岐の島の経済効果には大いに貢献しています。

隠岐の島との空の定期便は伊丹空港と出雲空港の2路線だけですが秋などはチャータ便が各地から出るようです。船はジェット船で1時間半ほどで本土と結んでいます。

大阪府中小企業診断協会・木曜日交流会

大阪府中小企業診断協会・木曜日交流会

月1回集まり、持ち回りで発表しています。昨日は2つのコンテンツでした。
1.趣味でやっているYoutubeのお話。バイクに関するチャンネルですが登録者が1万人を超えて、そこそこの収益が発生するようになったところ、奥さんからお小遣いを減らされたそうです(笑)
2.鉄道事業の概要。働く人の減少もあり鉄道収入はどこの会社も右肩下がりです。鉄道保守など固定費がかかりますので需要にあわせたダイヤ編成や編成車両の減少に取り組んでいます。ただ阪神だけは甲子園の影響で好調です。

交流会が終わってからは、いつもの中華「晴華」へ。珍しく1組だけでした。

経営情報システム

猛暑

猛暑が続いています。涼しくなるのはいつのことやら。

中業企業診断士試験・経営情報システムの問題が届きました。予想どおりAIに関する問題が2問出ていましたが、1問はAIへの攻撃問題。そんな方面から出題するんですかいなあ!難問になりやすい統計の問題は出ず、SQLが2問出ていました。ブロックチェーンの問題も出ていましたが、ちょっと難問ですね。あとはオーソドックスな問題でした。

夜の万博

万博

大阪府よろず支援拠点の相談業務が終わってから中央線で夢洲駅へ

各パビリオンの夜景もきれいなんですが、大屋根リングがけっこう映えますねえ。昨夜は雷雲が近づいてきたこともあり大屋根リングと静けさの森が閉鎖されてしまいました。大屋根リングからの夜景が見たかったのですが残念。

雨も降ってきたので、ほとんど並んでいないチェコ館に退避。螺旋状に登っていくパビリオンなんですが、何かよう分からん展示でした。外観にボヘミアン・クリスタルが使われ回廊状のパビリオン自体がテーマだったんですね。

守山城

守山城

守山駅近くにある守山城。といっても住宅街やお寺の中に埋もれてしまい遺構は残っていません。ただ、まっすぐに流れてもよい水路が奇妙に湾曲しており堀跡のようです。この湾曲した中に城がありました。

築城したのは宇野氏で、承久の乱の恩賞で関津(瀬田川を遡ったところ)の地を幕府から与えられます。本拠は関津城で守山城は支城の一つだったようです。その後は佐々木六角氏の種村氏が城主になりましたが、信長が足利義昭を奉じて上洛する時に木下藤吉郎、池田恒興が攻め寄せ落城させました。守山城は中山道・守山宿をおさえる拠点でしたので修築して稲葉一鉄(頑固一徹の語源になった武将)を守将とします。近くにあった一向宗の金森御坊を牽制する位置でもありました。

■宇野首相のお墓
昭和の中頃まで土塁跡や堀跡が残っていたそうですが、今はほとんどが大光寺境内になっています。ちなみに大光寺には女性スキャンダル問題で短命政権に終わった宇野首相のお墓があります。すぐ近くの町家・うの家が生家で、江戸時代は守山宿の町年寄の家柄でしたから先祖は鎌倉時代の宇野氏につながっているかもしれません。

飯盛山城へ

飯盛山城

飯盛山城へ

石仏山城へ行く予定だったのですが奥さんの付き合いで飯盛山へ。まあ山城へ行けるからいいかと登ってきました。飯盛山城は三好長慶の居城として有名ですが、その前は守護代の木沢長政の居城でした。

木沢長政って、あまり知られていませんが、あっちについたり、こっちについたりと、まあ戦国武将らしいやり方をした武将です。政敵を排除するために一向宗と法華宗の宗教対立まで利用しています。制御がきかなくなって痛い目にもあっています。

信貴山城の城主でもあり河内では絶大な地位を築いていましたが、太平寺の戦いで三好長慶に敗れ討死しました。近鉄安堂駅から山を登っていくと太平寺共同墓地があり、ここに木沢長政の五輪塔があります。昔、龍田道を歩いている時に見つけました。