天牛堺書店 閉店

天牛堺書店、倒産してしまったんですね。先日、高石へ行った時に久しぶりに寄ってきたんですが
天牛堺書店は堺を中心に大阪南部に12店舗を展開しており新刊書店だけでなく古本も扱っています。特に堺筋本町のお店は、古本をたくさん扱っていて重宝しました。あと中百舌鳥駅の構内にもあって、ここは乗り換え時に寄れて便利でしたね。
神戸の海文堂書店も、大和八木駅構内にあった若草書店も閉店してしまいましたし、街から本屋が消えるのは寂しいですね。

日永城(登城山)

日永城(登城山)
日永城(登城山)

西日野(四日市)にあるポリテクセンター三重で「インシデントと情報セキュリティの必要性」というセミナーを行ってきました。前回、ポリテクセンター三重へ行った時に見つけたのが登城山という地名。城山と名前がついている所には昔、山城がありました。

というわけで午前中でセミナーが終わったので登城山へ登ってきました。さすがに山城の遺構は残っていませんでしたが眺めはいいですねえ。

【日永城】
登城山には鎌倉時代に日永城があり、三日平氏の乱に関係していました。平氏は源義経に破れ壇ノ浦で滅亡しますが残党は残っています。平清盛は伊勢平氏出身ですので、伊勢や伊賀には残党がたくさんいました。この残党が源氏の世になってから鎌倉幕府と戦いましたが三日で鎮圧されたので三日平氏の乱という名前がついています。日永城に日永楯三郎を守っていましたが、この時に落城したようです。三日平氏の乱の舞台となった西坂部城、高角城、松本城、冨田館、関町久我、若菜城も落城します。そうそうアピタ横の四日市市立博物館には三日平氏の乱の展示があったんですが、リニューアルで無くなってしまいました。残念。

【登城山は旗振山】
眺めがよい登城山は旗振山でもありました。旗振山とは江戸時代から明治にかけて堂島の米相場を全国に伝えるために張り巡らされた旗振り通信で旗を振った山のことです。大阪から広島までわずか27分で伝達されています。

インシデントと情報セキュリティの必要性

ポリテクセンター三重
ポリテクセンター三重

朝から西日野にあるポリテクセンター四日市へ。本日は「インシデントと情報セキュリティの必要性」のセミナー。

実際のインシデント事例とセキュリティ対策についてお話をしてきました。JALがビジネスメール詐欺でひっかかったり、米国家安全保障局(NSA)から流出したサイバー兵器が改良されてワナクライ(身代金ウイルス)になったりと新しい攻撃がどんどん登場する、めまぐるしい世界です。

以下のテーマで話をしてきました。
■脅威とインシデント
・ウイルス、マルウェアとは
・企業が倒産しかねない個人情報漏洩事案
・標的型メール攻撃、ビジネスメール攻撃
・Iotを狙った新しい攻撃
■利用者のセキュリティ対策
・パスワードの管理など対策法
・危ない拡張子、ドメインって何?

ファイティング・コンサルタンツ研究会

ユニバーサルCE
ユニバーサルCE

ファイティング・コンサルタンツの新年会。と言いながら、いつも集まれば飲んでいるんですが(笑)。

根城になっている泉北高速鉄道・深井駅近くにあるユニバーサルCE(メンバーの一人がここの社長)に集合し、まずは1時間ほど四方山話。

深井駅から一駅乗って中百舌鳥駅へ出て、駅前にある立ち飲み屋でまずは新年会。次におなじみの縄文へ移動して、今度は座って飲み会でした。

石上神宮

石上神宮

豊田城跡から山の辺の道をたどると石上神宮(いそのかみじんぐう)に着きます、

石上神宮は物部氏の総氏神で古代からある神社です。古代に神宮だったのは伊勢神宮と石上神宮の2つしかありません。物部氏というと物部守屋が仏教を巡り蘇我馬子、聖徳太子と対立し、河内国渋川郡にあった館で破れ、物部氏そのものが滅んだという印象がありますが、石上氏と名前を変えて存続します。物部氏の本拠地は現在の東大阪、八尾と奈良の天理あたりでしたので天理の物部氏が本宗家の地位を継いだようです。

物部氏は大伴氏と並んで、武門の棟梁でした。磐井の乱の鎮圧などで活躍をしています。その関係もあり古代には武器庫もありました。垂仁天皇の時代に剣一千口と神宝が納められという記録があり、日本後記には石上神宮の武器類を山城国葛野郡に移す時、延べ15万7千人が必要だったと記録されています。正倉院にも武器が収められていて恵美押勝の乱の時に、写経生が叩き起こされて宮中の警備のために武器を取り出し、何もしなかったが後でほうびがもらえた記録が残っています。

売上につながるネット集客の仕組み(大阪商工会議所)

大阪商工会議所で「売上につながるネット集客の仕組み」セミナーを開催。今回は本町橋にある大阪商工会議所です。

HPへのアクセス数を上げ、検索結果で上位表示をめざすための初心者向けのお話です。検索エンジン対策といってもやらないといけないのは専門性が高いサイトを作って、質のよいリンクを集めること。タイトルや説明(descrption)をしっかり考えて設定することにつきますが、できていないホームページがほとんそです。またフェイスブック、インスタグラム、ツイッターなどのSNSから効率的に情報発信してHPにつなげるとともに、コンテンツ充実を図ることが求められます。そこでHPを見直すポイント、SNSを活用してHPのアクセスを増やし集客力を強化する方法を説明してきました。

豊田城

豊田城

天理の商店街を抜けて山の辺の道に至ると豊田城跡への案内板があり、そのまま堀底道になっている山道を登っていくと豊田城の出郭に到着します。筒井氏の与力だった豊田氏の城という話ですが、城の規模がめちゃくちゃ大きく一国人の城ではないですねえ。

【大和永享の乱】
中世の大和は北側の筒井氏、南側の越智氏に分かれて覇権を争っていましたが、豊田氏は越智氏側で筒井氏とは敵対関係にありました。1429年に豊田氏と井戸氏の間で対立が起きた時に井戸氏側についたのが筒井氏、十市氏で、豊田氏側についたのが越智氏、箸尾氏となります。興福寺と幕府の停戦勧告は無視され、2陣営に分かれて争乱が大和一国に拡がります。これが大和永享の乱となります。

越智氏に属していた豊田氏は筒井氏の反撃を受け、まず越智氏が撃退され、そして豊田城が落城します。やがて松永久秀が大和に侵入し、豊田氏は最初は抵抗していましたが豊田城を落とされ、結局は松永久秀の傘下に入ることになりました。この時に豊田城は松永勢によって大改修されたのでしょう。織田信長が松永久秀から筒井順慶へスイッチングし、筒井順慶が大和を支配することになると豊田氏は筒井氏の与力になったようです。

【豊田城】
郭は藪だらけですが、すごいのが縦横にめぐらされた横堀や竪堀です。大きく分けて5つの郭で構成され、周囲を鉄壁の堀で囲んでいます。しかも外郭掘が2本、発見されており、すさまじい土木力で造られた山城です。

GDPRとは

Googleに対してフランスがGDPR(一般データ保護規則)違反で5000万ユーロ(約62億円)の罰金支払いを命じました。個人データを集める前に情報収集の目的や用途などを明示しないといけませんが、分かりにくいというのが理由です。

“データを制するものがビジネスを制する”時代となり、個人データを活用して世界的にビジネス展開しているのがプラットフォーマと呼ばれるGAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)が注目を集めています。日本でも本日(1/23)から公正取引委員会が「プラットフォーマー」に向けた大規模な実態調査を開始しました。対象はGAFAだけでなく楽天などの国内プラットフォーマの対象です。

GDPRとは何か、日本にどんな影響があるのか昨年に執筆した記事です。

GDPR(EU一般データ保護規則)とは?

IoT・AI活用入門セミナー

ホテルアウィーナ大阪

昨日は日本建築金物工業組合さんで「IOT、AI活用入門」というタイトルでセミナーを行ってきました。大阪府中小企業団体中央会から大阪府よろず支援拠点への依頼で、場所は上本町駅南側にあるホテルアウィーナ大阪です。
大阪府よろず支援拠点の宣伝をしてきました。セミナー時間は1時間と聞いていたんですが、懇親会前の休憩時間確保やら最初の挨拶などで正味の時間は45分。けっこうはしょったセミナーになってしまいました。

赤尾城

赤尾城

忍坂山口坐神社(式内社)がある赤尾集落の南側にそびえている比高50mほどの山稜先端部が赤尾城跡です。なかなか見ごたえがある山城です。けっこう手間をかけて築いたようで、かなりの高低差がある郭がいくつも造られ、二重堀切や横堀などもあります。ただ竹藪だらけですので、赤尾城に登るならやはり冬ですねえ。写真は堀切です。

【西阿の赤尾城】
赤尾城は戒重西阿が築いた6城の一つで、外鎌城がすぐ正面に見え、赤尾城背後の山稜に続く鳥見山には鳥見山城があり、3つの山城が連携していました。西阿が築いた頃は砦と呼ばれていましたので規模は小さかったようです。西阿の赤尾城は1341年7月に北朝方の細川顕氏軍に攻められて落城してしまいました。

【戦国時代の赤尾城】
戦国時代となり、大和の覇権をかけて筒井順慶と松永久秀が戦います。松永久秀が信貴山城と多聞山城を築き、大和へ侵攻してきました。大和の国人を巻きこんでの戦となり、居城である筒井城も攻められ筒井城を追われることになります。この前後に筒井勢と松永勢がぶつかる鳥見山合戦が行われたので、この時に赤尾砦が大規模に改修されたようです。松永久秀は安倍山城を陣城にしたようなので、赤尾城を改修したのは筒井勢かなあ。

筒井城を追われた時の筒井順慶は17歳と若いこともあり、最初は劣勢でしたがあきらめず、織田信長と松永久秀の反目によってチャンスをつかむことになります。