贄崎砲台(津藩のお台場)

houdai201307.jpg津市の岩田川の河口にあるのが贄崎地区。昔は競艇場があり、子供の頃に父親に連れられて行ったことがあります。今はヨットハーバーや、セントレア行きの船が出たりと様変わりしています。 

この贄崎から少し川をあがった所に船溜まりがあり、この船溜まりをのぞむ丘の上に贄崎砲台がありました。いわゆるお台場です。戦後まで丘には松が生えていたそうですが、今は影も形もなく青果市場になっています。 

ペリー来航以来、国防が意識され、津藩では、幕命を受けて度会郡の二見町に3ケ所砲台を築いていました。志摩は鳥羽藩が台場を築いていました。また津藩は岩田川と塔世川に囲まれた地に城下地がありましたので海の玄関口を守るために贄崎砲台が築かれました。塔世川にかかる塔世橋近くにも西浦砲台が作られます。現在の市町村会館あたりだそうで、こちらも何の痕跡も残っていません。