ひょご産業活性化センターの窓口相談が終わってから梅田へ。
夜は梅田でお仕事ですので、その前に阪神百貨店地下1階にあるスナックパークに寄って晩御飯を食べてきました。スナックパークって関西の人しか知らないと思いますが、B級グルメばかりを集めた立ち食い専用のコーナーです。
駅そばや讃岐うどん、お好み焼き、たこ焼きは当たり前ですが、寿司、チャーハンなどもあります。店で受け取って、全店共通の立ち食いコーナーの空いている所を見つけて食べます。おじさんばかりではなく、妙齢の女性も多いですね。昔から当たり前なので、女性も気兼ねなく入っています。
今日の晩御飯はオムライス(380円)とイカ焼き・デラバン(200円)。オムライス専門店というとすごそうですが、フライパンで玉子をオムレツにしてジャーに入っているチキンライスを入れるだけです。一畳ほどのお店でやっていて、このオムライスを立ち食いで食べるわけです。
「俺のイタリアン」とかが東京で流行っていますが、阪神百貨店では大昔からオムライスなどの洋食を立ち食いで食べるのが当たり前でした(笑)
そして1日、1万枚販売するというイカ焼き!玉子が入った高級なのがデラバンです。まさに大阪のB級グルメですね。ディープな大阪を体験しようと思えば、阪神百貨店の一角にあるスナックパークがおすすめです。他の地域で同様のスタイルを見たことないですねえ。
月: 2013年11月
神戸電鉄は登山鉄道だった
阪神、阪急の三宮駅から少し行くと新開地駅があります。有馬温泉、三田市、三木市へ向かう神戸電鉄でこの新開地駅から出ています。
神戸は海と山に囲まれた狭い土地で、北は山、南は海になっています。道に迷ったら山がどっちにあるか見たら、すぐに東西南北が分かります。ですので神戸っ子は他の土地へ行くと絶対に方向音痴になる人が多く、名古屋や東京へ行ったら迷いますね。
神戸電鉄はひたすら山側(北側)へ向かって走ります。山ですので、すごい坂を4両編成の電車が昇っていきます。車窓を見ていると、ほとんど高山鉄道。と思ったら箱根登山鉄道などと共に全国登山鉄道‰(パーミル)会を作っているんですね。
トンネルを抜けると住宅地が開けていて神戸市北区。神戸のベッドタウンになっています。今、兵庫県の実業家に関する本を読んでいるのですが山脇延吉という人物が紹介されていました。神戸電鉄の創業者です。
地元の名士ですが、小作農が窮した大正時代に国に対して農村振興を訴え、また農民には自力更生を唱えました。実にバランスがとれた人物。訴えは国に届き、やがて税制改正につながりました。農民の父と呼ばれていたんですね。
また陸の孤島だった 三田・有馬温泉間に軽便鉄道を大正4年にひき、これが後の神戸電鉄のスタートになります。有馬温泉から湊川に延ばし、さらに三木市への別ルートもひいて、現在の神戸電鉄になっていきます。ですが大正時代に軽便鉄道で、あの坂を登るのはしんどかったでしょうね。
たくさんの名刺
三重県中小企業診断協会が行う「建設業なんでも経営相談会」が近日始まるのですが、事務局から相談者には協会の名刺を渡してくださいと新しい名刺をもらいました。
現在、日常的に使っている名刺はウチの事務所と各支援機関の名刺が3枚で都合4枚。こないだLECからも名刺を送ってきたので、これで6種類になりました。他にもAll Aboutのガイド用名刺があるんですが、こっちはほとんど使っていません。
日常的に使う4種類の名刺を名刺入れに入れているんですが、現場で出すときに毎回、出すのにもたついています(笑)
新神戸駅裏にある戦国時代のお城
リーディング産業展みえ
片道40分、こんな通勤はいやだ(高取城)
建設業経営研究会(三重県中小企業診断協会)
昨日、夜は津駅前にあるアスト津で建設業経営研究会があり参加してきました。
三重県中小企業診断協会で昨年からはじまった研究会で隔月で開催しています。内容は昨年、東紀州で行った建設業なんでも相談会の事例報告と三重県の建設業を取り巻く環境変化などです。
マクロ的にみると
・建設業全体のピークは平成4年の84兆円、底は平成22年の40兆円で半減
(民間工事は平成2年がピーク、公共工事は平成7年がピーク)
・仕事が半減しているのに建設業者数は1割しか減っていません
(大きな事業所がつぶれても個人や2~3人で独立するため事業所数が減らないことがあります)
三重県の建設業者(経審を行っている3000社)に対するアンケート調査を行った結果のサマリー報告がありました。
経営状況の見通し
・存続が心配など高い危機感をもっている(51%) 中堅企業に多い
・何とか乗り切れる(49%) 大手、父ちゃん母ちゃんの零細企業
という企業規模によって面白い結果も出ています。
今年も三重県内15ケ所で建設業向けなんでも相談会を開催していますので、県内の建設業の方はぜひ、どうぞ!
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1300年前の借用証書 金利18%と消費者金融なみ
三木の干殺し 戦を土木に変える
豊臣秀吉の有名な戦いといえば三木の干殺し、鳥取のかつえ殺し、備中高松の水攻めです。
いずれの戦いも大規模な土木工事を行った戦いで有名です。司馬遼太郎だったと思いますが、南方の島で日本軍が撤退した後、アメリカ軍がやってきて、いきなりブルドーザで滑走路を作りはじめ、そこから飛行機を飛ばしはじめます。戦争はつまるところ土木なんだというような文章がありましたが、それを戦国時代に行ったのが秀吉です。
神戸(新開地)から神戸電鉄に乗ってずっと山に入っていくと金物や刃物で有名な三木市があり、三木城のあったところ。神戸電鉄・三木上の丸駅のすぐ横の崖の上が三木城跡です。といっても本丸広場以外にはあんまり遺構がありませんが。縄張り図をみると、けっこう敷地が広く、比高は20メートルほどしかありませんが、この城を攻めるのは大変だったでしょうね。
というわけで城の周りに付城を作り兵糧攻めを始めました。明石にある魚住城が瀬戸内海沿いにあり毛利がここから兵糧を入れないようにするためです。付城は一説には40と言われていますが、そのうち23城の遺構が残っています。よく残りましたね!付城と付城の間は土塁を巡らし、完全に封鎖しました。早い話が万里の長城のミニチュア版ですね。
戦国時代の付城が大量に残っているのは珍しく、この三木城と付城、土塁跡が今年、国史跡に認定されたそうです。教育委員会で国史認定記念の展示会をやっていてラッキーでした。秀吉の本陣は三木城から4kmほど離れた平井山の上にあった付城でした。秀吉の軍師・竹中半兵衛は三木城攻防戦の最中、平井山の陣中で病死したため、お墓は平井山にあるそうです。一度、行かないと
関西を元気にする国際フォーラム
マイドーム大阪(堺筋本町)で開催された「関西を元気にする国際フォーラム」 に参加してきました。
海外進出や海外人材をどう活用するか等、盛りだくさんの内容で、なかなか勉強になりました。海外進出、人材活用、共に相手は異文化なので多様性を理解することが重要。
専門学校で教員をやっていた頃、中国からの留学生も受け入れていたため、異文化にとまどう連続でした。ある日、専門学校へ警察から電話がかかってきて、「おたくの学生が自転車を無燈で走っていた」とのこと。留学生に聞いたら、バイトへ自転車へ行く途中で警官につかまったけど、なんで、つかまったのかよく分からないようでした。
「夜はちゃんとライトをつけて乗らないといけないよ」と言ったのですが、その後、留学生の出身地である瀋陽へ行ったら、誰もライトをつけて走っていません。そもそも自転車にライトがついていませんでした。(笑)大連へ行ったら、こっちは自転車で走っている人は誰もいません。坂だらけの街なので、誰も自転車に乗らないそうです。多様性を理解するって、やっぱり難しいですね。