All About新年会2026

All About

All Aboutの関西ガイドが年初に集まって、ワイワイやっています。「企業のIT活用」のガイドをやっているんですが依頼もないので、もう3年ほど記事書いてないなあ(笑)。

昨夜は「肉バル・トリコミート梅田店」に集合して宴会。食べ放題、飲み放題なんですが今、流行りのQRコードでアクセスして注文しないといけないタイプ。飲み放題はグラス交換制で、これはよくあるんですが、料理は一品運んできたら次の料理が頼める仕組みです。7名が参加していたので7品が枠になります(笑)。

まあ食べ残しを抑制するシステムなんでしょう。料理は割と早く出てくるのですが、料理がきたら次の品をスマホから注文ということで、おなかが落ち着く最初の1時間ほどは、けっこう忙しいオペレーションでした。

横大路をゆく(4)

入鹿神社

横大路を西に向かい大和八木駅を超えると少し北にあがった小綱町(しょうこちょう)に入鹿神社があります。入鹿とは蘇我入鹿のことで、蘇我入鹿公を御神体とする日本で唯一の神社です。昔、大化の改新と習いましたが今は乙巳の変と呼ばれる、蘇我入鹿暗殺事件。専横を極めたとか言われていますが、どうも半島情勢を巡る対立が原因だったようです。

小綱町の隣が曽我町で、蘇我氏発祥の地と言われ宗我坐宗我都比古神社があります。小綱町は蘇我入鹿の母方の里という説があります。赤穂浪士の吉良上野介と同様に地元では丁寧に祀られています。

横大路をゆく(3)

横大路

横大路は上ツ道、中ツ道、下ツ道と交差しますが、下ツ道との交差は札の辻として整備されています。当時の旅籠が交流館として整備され、近鉄八木駅から近いので観光客も立ち寄っています。横大路は二上山の麓まですすんで竹内街道となり、竹内峠を超え太子町に入ります。ここは聖徳太子のお墓や遣隋使・小野妹子の墓などがあり、王家の谷のような場所です。

古市を進んでいくと巨大古墳群に囲まれた道が続き、金岡から難波京に向かう難波の大道に接続します。長尾街道はそのまま西に向かい堺の大小路(堺環濠の入口)に至ります。

横大路をゆく(2)

中ツ道

上ツ道との交差地から2kmほど西に進むと三輪神社があります。本家の三輪神社ではなくこじんまりとした旧村社です。この三輪神社に大槻の木と呼ばれるケヤキの巨樹があります。伊勢参りのランドマークになっていたようで、江戸時代の西国三十三所名所図会にも掲載されています。

三輪神社の横に祠があり、すごく細い道が北に向かいますが、これが中ツ道です。ここで横大路と中ツ道が交差します。平城京と藤原京を結ぶ街道で藤原道長も吉野詣で使っていますし、壬申の乱の舞台になっています。交差地点から南へ行く道はなく、すこしはずれて南下すると香具山を迂回し飛鳥の橘寺まで続いているので橘街道とも呼ばれています。

横大路をゆく(1)

小西橋東詰

横大路とは推古21年(613年)に造られた官道(今の国道)で、日本書紀に「難波より京(飛鳥)に至るまでに大道を置く」と記載されています。推古天皇の時代に造られた奈良盆地を東西に結ぶ道で、スタートは桜井になります。桜井駅を降りて少し南に歩くと「本町通 伊勢街道」という看板があり、ここから東に行くと伊勢への街道になり反対側の西側の道が横大路です。

そんなに大きな道ではありませんが、寺川にかかる小西橋東詰で上ツ道と交差します。上ツ道は北ヘ向かうと天理市を超えて奈良市に、南へ向かうと安倍文殊院の横を通って山田道になり飛鳥に至ります。大和川を遡ってきた使節は海柘榴市あたりで上陸し、小西橋東詰から上ツ道に入って飛鳥を目指したのでしょう。

スガキヤラーメン

スガキヤラーメン

大阪に住んでいる時間が長いのですが、出身は津のため、スガキヤを見つけると入ってしまいます。四日市へ行っていたのでアピタのフードコートにあるスガキヤです。

スガキヤといえばフォークがついたスプーン、割りばしの廃棄問題を何とかしようとノリタケと共同で開発したものでデザインはいろいろと変わっています。それにしても中毒性があるスープですね。時たま食べたくなります。カップ麺もありますが、味はやはり店舗ですね。

そうだ京都へ行こう

八木邸

そうだ京都へ行こう

歴史探訪&飲み会集団になっているファイティング・コンサルタンツですが、今回は「新選組を巡る旅」です。四条烏丸で待ち合わせて壬生へ。まずは八木家です。最初に新選組屯所になったところで今も個人宅なので長らく非公開だったんですが、今はガイド付きの内部見学ツアーがあります。

昔、司馬遼太郎の「燃えよ剣」読みましたが、あの舞台です。今は「青のミブロ」というアニメを放映しています。八木邸には試衛館組の近藤勇の一派と対立することになった芹沢鴨の暗殺現場やその時の刀傷などが残っていました。大河ドラマ「新選組」では佐藤浩市が芹沢鴨を演じていましたね。

地下鉄やJRなどインバウンドであふれていますが、さすがに、こんなマイナーな所にインバウンド客はいませんね。日本人も多くはないですが(笑)

カンボジアをゆく(10)

川

シェムリアップを川が流れていますが基本的に濁っていて、ゆったり流れています。雨期になると水位が上がりあふれそうになります。日本の川は清流が多く、そのイメージとはだいぶ違います。

明治時代にヨハネス・デ・レーケという土木技師がオランダから日本にやってきて治水工事などを担当します。淀川への土砂の流入を防ぐために造った砂防ダムはデ・レーケ堰堤と呼ばれています。このデ・レーケが日本の川を見て、オランダでゆったりとした川しか見ていないので、「これは川ではない。滝だ」と言った話が有名で、シェムリアップの川を見ていると、なるほどなあと納得します。

カンボジアをゆく(9) 石垣

石垣

アンコール・ワットなどでは石垣などの修復工事が行われています。巨大なゴムの木が遺跡に根をはって破壊しており、根がすでに遺跡地下などに張り巡らされているので切るわけにもいかないという状況です。それ以前に地震がないので単純に重ねた石垣が多く、何かあったら崩れるだろうという状態です。

地震が多い日本では算木積みなど工夫された石垣が多いのですがカンボジアの遺跡では単純ですね。かと思ったら時々、技巧的な石垣もあって不思議です。

カンボジアをゆく(8) ホテル事情

「ソカ シェムリアップ リゾート & コンベンションセンター」というホテルに泊まっていましたが、大型会議やらイベントなどもできる大型ホテルでした。テレビでは現地のローカル番組をやっていますが、日本、韓国、中国、欧米の観光客が多いせいかそれぞれの放送が流れています。日本語はNHK東京の放送で、関東の天気予報を見ながら「ばけばけ」も見ていました。

テレビでホテルの案内を流していましたが、他にもいろいろな施設をもっていてソカはカンボジアの巨大な地場財閥のようです。カンボジアの最高気温は30~35度で、室内は冷房がきいて快適ですがサーバーなどは暑さ対策が大変で、古典的に扇風機をまわしていました。