
甘樫丘へ
標高は140mほどで頂上から大和三山(畝傍山、耳成山、香具山)や二上山がよく見えます。奈良平野で動きがあるとよく分かるので、飛鳥時代は見張り台があったのでしょう。麓に蘇我蝦夷、入鹿の邸宅があり、蘇我氏が活躍していた頃の遺構が先日、発見されました。
甘樫丘から反対側を見ると多武峰と飛鳥寺がよく見えます。645年に乙巳の変で入鹿が中大兄皇子らに暗殺されますが、入鹿の首塚が甘樫丘の真下に見えます。入鹿が殺された飛鳥板蓋宮とは少し離れています。蘇我蝦夷は邸宅に火を放って自害します。乙巳の変はよく分かっていませんが、一番得した人物から考えると軽皇子(孝徳天皇)が糸を引いていたのでしょう。