積ん読をせっせと消化しようと読書にいそしんでいますが、閑話休題に「あだしごとはさしおき」とルビがふってありました。
閑話休題とは話を本筋に戻すときに用いる言葉です。そういえばNHKの人形劇「新・八犬伝」で黒子の格好をした坂本九さんが、よくこの言葉を使っていました。
「かんわきゅうだい」以外の読み方があるんだと思って調べてみると、「他し事(あだしごと)はさておき」とも読むそうです。他し事とは余事のことです。「それはさておき」とルビをふることもあるそうで、なかなか奥深いですなあ。
積ん読をせっせと消化しようと読書にいそしんでいますが、閑話休題に「あだしごとはさしおき」とルビがふってありました。
閑話休題とは話を本筋に戻すときに用いる言葉です。そういえばNHKの人形劇「新・八犬伝」で黒子の格好をした坂本九さんが、よくこの言葉を使っていました。
「かんわきゅうだい」以外の読み方があるんだと思って調べてみると、「他し事(あだしごと)はさておき」とも読むそうです。他し事とは余事のことです。「それはさておき」とルビをふることもあるそうで、なかなか奥深いですなあ。
積ん読とは書物を読まずに積んでおくことで、『つんでおく』とドク(読)とをかけた洒落になっています。
毎日新聞の夕刊を読んでいたら、このTsundoku(積ん読)がイギリスBBCのウェブサイトに紹介されているそうです。タイトルは「Tsundoku:本を買い、それを決して読まないということ」だそうで(笑)。
海外では本のコレクションをする人は多く、こちらはビブリオマニア(蔵書癖)と呼ばれます。そこで、「コレクションを作る意思があるのがビブリオマニア。本を読もうとして、結果的にコレクションを作ってしまうのがTsundoku」と紹介されています。英語には積ん読にピッタリとした言葉がなく、日本語のTsundokuが国際語になっているそうです。へ~え。
気がつかない間に我が家の積ん読の山がもう1本増えてしまっており、さすがにそろそろなんとかせねば!
「こりゃ、面白そうだな!」と本を買って帰ったら、同じ本が既に2冊あった経験はありませんか?
1冊は読んだ形跡があり、もう1冊はツン読の山に埋もれていました。そこにさらに、もう1冊です。2冊ダブルことはよくありますが、さすがに3冊は、へこみましたので、それ以来、本の奥付を見て発行から1ケ月以上経過している本は、衝動買いせず確認してから買うようにしています。
特にツン読に埋もれている本が危ない。まだ読んでいないので記憶にもなく同じ本を買ってしまうことになります。「ツン読を無くしてから本を買えばよい」という、まっとうなご意見は、行動経済学的にムリな話です。
■教訓:1ケ月以上前に発行された本はツン読にある!
さて「学校では教えてくれない戦国史の授業」を文庫の新刊で見つけツン読へ。先日、思い出して読み始めると、これがなかなか面白い。信長が行った有名な安土宗論(浄土宗と法華宗の宗論)では、浄土宗の僧侶が質問した「方座第四の”妙”の一字を捨てるか、捨てざるか」に法華宗が答えられず浄土宗の勝ちとなります。
従来、浄土宗側が訳の分からないことを持ち出し、それで勝ちを認めたのは信長の八百長ではという説が有力でした。ところが実は方座第四の”妙”はあったという法華宗の宗教学者の説が紹介されており、ここまで読んだ時に
「あれ~え、これってどっかで読んだな~あ!」
実は単行本で既に出ていた本で、これが文庫化されました。記録を見るとしっかり単行本を読んでいました。というわけで新たな教訓です。
■教訓:単行本を文庫にした新刊は要注意!
今朝、日経新聞朝刊の文化欄に載っていたのが広辞苑の父である新村出。”にいむら”ではなく”しんむら”と読みます。昭和10年に出た辞苑の改訂作業を続け、太平洋戦争で中断もありましたが校正刷りが戦火を生き残り、昭和30年に広辞苑が出ました。これが大ヒットします。
新村出ともに次男でフランス文学者の新村猛が辞書編纂を手伝います。太平洋戦争が終わった後、世界市民の育成をめざしできたのが京都人文学園。この初代園長が新村猛です。主に京都大学の講師陣が教育に関わり、羽仁五郎の自由学園の影響もあって、生徒自治、無試験、無規則、無処罰と革新的な教育をしていました。この京都人文学がめぐりめぐって関西文理学園となります。
昔、関西文理学園が運営する専門学校で働いた時期があり、本部に京都人文学園の設立趣意書などが残っていました。新村猛の名前を見た時には、”エッー、あの広辞苑の新村猛!”と驚いたものです。
本日はセンター試験2日目。受験生の皆さん、がんばってください!
前日の日本史Bの問題が新聞に掲載されていましたが土地制度の問題で出ていたのが「東大寺領糞置荘開田図」の写真。どっかで見たなと思ったら昨年の正倉院展で出ていた「東大寺開田地図 越前国足羽郡糞置村田図」でした。麻布に描いた天平神護2年(766)作成の地図です。
また地理Bを見ていると”城下町としての歴史をもつ日本のある都市”として城跡などの市街地の地図が出てますが、独特の城跡の形から彦根城とすぐ分かります。となるとB地点は夢京橋キャッスルロードとすぐ分かります。城好きの受験生には有利な問題ですね(笑)。
近くの石切劔箭神社にお参りに行くと大祓の茅の輪が境内にありました。年末ですねえ。
2017年の三大ニュースです。
■合同会社エムアイティエスを設立
3月3日に合同会社エムアイティエスを設立。自分で自分に役員報酬を出すのですが売上をあげないと資本金を食いつぶすことになり、もっとしっかり働きなさいよ、俺!
■「バグは本当に虫だった!」出版
2月にペンコムから「バグは本当に虫だった!」を出版。本屋に自分の本が平積みになっているのを見るのは感激でした。
■山中城踏破
秀吉の小田原城攻めで立ちはだかったのが箱根の名城・山中城。槍の勘兵衛こと渡辺了が攻め入って一番乗りの功名をあげた記録が残っています。前から行きたかったのですが東京へ行くついでに寄ってきました。障子堀が見事でした!
東京に一泊した後、早朝から伊豆へ移動。
まずは蛭ケ島を目指します。皆さん、よくご存知の源頼朝が流された地です。近くには北条氏館があり北条氏が支配する土地でした。後には堀越御所が作られ堀越公方の根拠地となります。
平治の乱で敗れた源義朝が尾張へ落ちのびますが、部下の裏切りにあい暗殺されます。そこで問題となったのが源義朝の子供で源氏の嫡男・頼朝の処遇です。当時、13歳で死刑が当然でしたが、ところが平清盛の継母である池禅尼が助命を願ったことから伊豆の蛭ケ島に流されることになります。平清盛、最大の失敗でした。
蛭ケ島で20年を過ごし、北条政子と結婚。北条氏を味方につけ旗揚げ、平氏を滅ぼします。幕府を開き、源氏の天下となりますが、源義家以外は跡を継いだ足利氏(源氏)もろくな死に方をしない一族となります。源氏から政権を戻すために織田信長は平氏を名乗ります。
さて蛭ケ島ですが、現在は地続きになっていて富士山を眺める源頼朝&北条政子の銅像が建っています。
探検バクモン(NHK)で雑誌専門図書館「大宅壮一文庫」訪問記を放映していました。
”大宅壮一文庫そのものを知らない人も多い”というデヴィ夫人の発言にビックリ!国会図書館にない本を探すなら大宅壮一文庫というのが定番だったんですが時代は変わったんですね。
国会図書館には納本制度があり、国内で発行されたすべての出版物を、国立国会図書館に納入することが義務づけられています。実際に検索すると私の著者も3冊、納本されていました。
昔、月刊誌、週刊誌などは国会図書館に納められず消えていくだけ、それを集めて索引もつけて保管したのが大宅壮一文庫です。立花隆がせっせと大宅壮一文庫に通い、田中角栄の金権政治を暴いた「田中角栄研究」を上梓したことでも有名です。
国会図書館に納本されていた「インターネット情報収集術」(秀和システム 1997)を久しぶりに書棚から出すと、大宅壮一文庫は出てきませんが、情報図書館RUKITについて書いていました。RUKITは図書館と言いながら本はなく、専門知識がない一般人がサーチャに教えてもらいながら各種データベースを検索できる便利な図書館でした。今はもうなくなったようですね。久しぶりに本を読み返すとなかなか面白いことが書いてあります。
日経新聞・投資情報欄に「一目均衡」というコラム記事があるのですが、火曜日(9/5)に面白い内容が掲載されていました。
ひふみ投信を運用するレオス・キャピタルワークスが行った調査で、上場企業がホームページに社長や役員の顔写真を掲載しているかどうかと株価の関連の分析をした結果です。
■社長や役員の顔写真がないと株価が低い
全体平均よりも14%低い株価評価で情報公開に消極的な姿勢が顔写真にもあらわれていそうという分析。また不祥事企業の多くではホームページに社長の顔写真がなかったそうです。
反対に役員の顔写真が掲載されている会社は全体平均を70%強、上回っていました。社長の経営方針など非財務情報が株価に影響を与えますので情報公開姿勢は重要です。
ということは中小企業も同じでホームページの経営者の顔写真が情報公開姿勢や会社の雰囲気のバロメータになりそうですね。合同会社エムアイティエスではバナー画像として全ページに顔写真が出てきます。(笑)