昨日の朝刊を見て、驚いたのが高取城の記事。
高取城とは、奈良にある日本三大山城の一つです。他の2つは岩室城(岐阜)と備中松山城(岡山)。高取城の最寄駅は近鉄・吉野線「壺阪山駅」で、駅から1時間ほど歩くと城の入口に到達できます。入口から350メートルほど登りますので、けっこう足にこたえます。高取城は曲輪の連なった連郭式の山城で、南北朝時代に造られ、幕末まで続いた城です。幕末には天誅組の変の舞台となりました。
高取城では今までもいろいろな調査が行われていましたが新たに空堀や曲輪跡が14ケ所も見つかりました。2013年にヘリコプターで、高取城の上空500メートルからレーザ計測。3次元航空レーザー計測システムを活用し、高取城の精密な立体地図を作成したところ、今までの縄張図になかった曲輪跡や堀切跡が見つかったそうです。
山城の多くは藪で覆われていますので曲輪跡を確認するだけでも大変。有名どころの山城でいいので、続々とレーザー計測をやってくれいなかなあ。三好長慶の芥川山城(高槻)などは、ぜひやってほしいですねえ。
お城ジオラマ復元堂から長篠城、高天神城という、なかなか渋い城のジオラマが発売されていますが、やっぱりオリジナルがよいので、ぜひとも山城の3次元計測データを公開してほしいですね。3次元プリンターを買って、3次元計測データをセットすれば、城の縄張を3次元で表現できます。
今までは縄張図をもって山城へ出かけ、堀切があることは図で分かりますが、深さまでは表現できないので、現地で確認します。3次元縄張を持っていけば自分が曲輪のどこにいるかも一目瞭然。藪で見えない堀切も確認できますので山城巡りが面白くなりそうです。ちょうど募集中の「ものづくり補助金」に応募して3次元プリンターを買おうかなあ。ウーン、絶対に落とされるなあ。(笑)
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天皇陵じゃなく城跡だった宝来城
奈良の尼ヶ辻(西大寺の次の駅)に用事があったので宝来城に寄ってきました。
宝来城といいながら、実は安康天皇陵になっています。古墳を山城にしているケースは多く、大阪なら古市にある高屋城、大塚山古墳を活用した丹下城、大坂冬の陣において徳川秀忠が陣城にした御勝山古墳などがあります。
古墳だと思われていたが実は城だったというところもあり、天王寺公園にある茶臼山古墳。大坂冬の陣では徳川家康の陣城になり、夏の陣では真田幸村の本陣がおかれました、古墳じゃないという説が出ています。
宝来城も同様で、戦国時代の城でしたが、何がどうなったのか宮内庁が城跡を天皇陵にしてしまいました。宝来城は大和の国の国人の一人だった宝来氏の城で松永久秀と戦った記録が多聞院日記などに出ています。
安康天皇陵の北側にまわると堀越しに城跡を見ることができますが、どう見ても櫓台跡だし、土橋があって虎口につながっているところが、よく見えます。こんなに城跡だと分かるところなのに、なんで天皇陵にしてしまったんですかねえ。でも、街中に城跡がそのまま残ったという効果がありました。
椿井城
椿井城(つばいじょう)
近鉄生駒線・竜田川駅の東側にある山を登ったところにある山城。嶋左近の居城だったのはという説がありますが、はっきりしたことは分かっていません。筒井氏に備えるために松永久秀が築いたという説もあります。
山城へ登る道の麓に椿井という名前の井戸があります。蘇我や聖徳太子が物部守屋を攻める時に苦戦し、この地域(平群)の神手将軍が戦勝を祈願して、椿の杖をついたところ泉が湧き出します。これを聖徳太子や兵士が飲んだところ士気が上がり、守屋との戦いに勝てたということです。
平群からだと暗峠超えで物部の本拠地である東大阪へ攻め込めまめますし、山の向こうは斑鳩ですから、この地から攻めた部隊もあったのでしょう。
椿井城ですが、山城では珍しく地元有志によって整備されていて、とっても見やすくなっています。ただし北郭は保存のため見学ができず、見学できるのは南郭だけです。かなり大きな山城なので見応えは十分。堀切などもしっかり残っています。山上の郭からは松永久秀の信貴山城がすぐ近くに見えます。
嶋左近のお城 西宮城(生駒郡)
西宮と言っても兵庫県ではなく奈良県生駒郡平群町西宮にある城跡。
生駒駅から単線&ワンマン運転の近鉄生駒線に乗って、平群駅と竜田川駅のちょうど間ぐらいにある平群中央公園に城跡があります。城は小高い丘の上にありましたが、今は公園になってしまい遊具がおかれ、家族連れでにぎわっていました。ただ西郭の土塁や主郭と副郭の間のくびれの部分など遺構が一部残っています。西郭は西宮古墳をそのまま郭に使っていました。戦国時代によく古墳を城にしていました。
谷の向こう側に下垣内城がありましたが、こちらも公園化のよって城の遺構は皆無になっています。このあたりを支配していたのが嶋氏という国人。あの嶋左近の一族です。筒井氏に仕えていましたが、石田三成からのヘッドハンティングを受け、それも三成の禄高の半分を与えるという破格の待遇。意気に感じた嶋左近は三成に仕え、「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山(城)」と言われます。三成は豪放磊落だったようで大河ドラマで描かれる姿とは、だいぶイメージが違います。
関ヶ原の戦いで三成軍として華々しく戦った嶋左近。最期の奮戦ぶりは東軍諸将のあいだでも語り草となりました。その嶋氏のお城です。
子孫が寄贈した大和高山城(生駒)
ようやく足の痛みが治ったので山城登りを再開。ただこの時期から山城はヤブ蚊がすごくなりますので、なるべくヤブの少ない山城を探したところ生駒にありました。
近鉄けいはんな線・学研北生駒駅から奈良交通バスに乗り西庄田で降りて、山を目指します。近畿自然歩道が通っているため、高山城への案内板もあり、また遊歩道も整備されています。高山は南都、山城、河内の三国の境界にあり、中世には鷹山庄という荘園がありました。この高山をおさめていたのが鷹山氏。
鷹山氏は高山氏とも書き、大和の国人の一人で戦国時代、江戸時代を生き抜き、鷹山氏の末裔が城跡を所有していました。平成18年に城跡を再整備するのにあわせ地元に寄贈。それで遊歩道ができたんですね。
遊歩道を登ると九頭龍王社が祀られている2郭に着きますが、主郭はどうも2郭ではなく尾根沿いに進んだ別の郭のようで、そちらに進出。さすがに遊歩道も何も整備されていないので、ヤブに分け入って土塁などを見てきました。井戸跡も残る郭で見応えがあり、おかげで堪能できました。
北田原城(生駒市)
片道40分、こんな通勤はいやだ(高取城)
超昇寺城
佐紀城の横に御前池があるのですが、対岸にあるのが超昇寺城。室町時代に作られたようで戦国時代は筒井方、松永久秀方の争いに巻き込まれ松永方についたり、筒井方についたり大変だったようです。
大和西大寺駅からみると佐紀城も少し高台になっていますが超昇寺城は、それ以上の高台になっています。佐紀城は超昇寺城の出城だったのではという説もあります。
佐紀城を見てから対岸の超昇寺城へ行きましたが、こちらは竹藪だらけ。外から見たら森にしか見えませんが中には土橋、空堀、郭、土塁、櫓台が残っていました。ただし竹藪の中を押し入らないといけないので、大変。けっこう大きな城で、現在は住宅地になっているところも郭だったようです。まあ、スーツ姿で行くところではありませんなあ。
藪が大変なので、この手の城へ行くのはしばらく無理ですねえ。はやく寒くならないかなあ。
大極殿から徒歩3分のところにあると佐紀城
平城京跡には時々行っているんですが、まさか大極殿から徒歩3分のところに城があるとは知りませんでした。専門家派遣の後に時間があったので西大寺駅から歩いて行ってきました。
場所は大極殿のちょうど北側。平城京時代の柱跡が植木で再現されているのですが、その北側に佐紀神社があります。ここが佐紀城跡。あまり大きな城ではないのですが社殿があるところが郭で、櫓台らしきものの跡や空堀跡がありました。室町時代に作られた城です。
神社のすぐ南が佐紀幼稚園で、ここから大極殿がよく見えます。ちょうどお迎えの時間帯のようでお母さん方が子供を迎えに来ていたのですが、ヘンなおじさんがヤブなどを熱心に見ているので不審に思ったでしょうねえ。ヤブの奥に空堀があるんです。
それにしてもさすがは奈良ですね。奈良公園の中にも城があったし、平城京跡のすぐ近くにもあるんですね。
筒井城
近鉄・大和八木駅から西大寺駅に向かう途中、筒井駅という普通しか止まらない駅があります。高架駅になっています。
駅の横が商店街になっていますが、かって一帯は筒井城という平城でした。室町時代~戦国時代の筒井氏の居城。筒井氏で有名なのが筒井順慶です。洞ヶ峠の逸話で有名ですが実際は山崎の合戦への強力を頼んだ筒井順慶を明智光秀が洞ヶ峠で待っていたのが真相のようです。筒井康隆が小説「筒井順慶」を書いていますが筒井一族というわけではなく同じ姓だからのようです。
筒井城は大和の中心地にありますので、しばしば戦場の舞台となり攻城戦が5回もありました。信貴山の松永久秀などともよく争っていました。
筒井城の中心部は蓮根畑になっていて「シロ畠」という名前がついています。筒井の殿様が住んでいたので遠慮して家を建てないと伝承され、現在も畑のままです。ちょうど発掘調査をしていました。城跡は残っていませんが、堀の跡が水路になっているなど、現在も当時の城の様子をうかがえる箇所がいくつかあります。
筒井順慶は織田信長の部下となり筒井城から大和郡山城に移ります。筒井順慶は若くして亡くなりますが、筒井氏は秀吉の時代に伊賀上野に移封。やがて藤堂高虎が大坂の陣に備えて、伊賀上野城を築きますが、その前にあったのが筒井の伊賀上野城。現在も筒井時代の天守閣があった場所などが伊賀上野城に残っています。ちょっと分かりにくい場所なので、誰も行きません(笑)