さらばWindowsXP

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WindowsXPのサポートがいよいよ2014年4月9日に終了します。実はとっても長命なOSでした。
■2つのOSを統合して誕生
WindowsXPが登場したのは2001年。小泉純一郎が首相になった年で、映画「千と千尋の神隠し」が放映された年です。そういえば2000年問題もありました。
それまでのWindowsには2系統があり、Windows1.0からWindows3.0、Windows95、Windows98と発展していった系統で昔の16ビット時代を引きづっていました。もう一つはWindowsNT3.1からndows2000までの系統で、こちらは32ビットのOSとして誕生しています。2つのOSを開発していくのは大変だったので、統合され誕生したのがWindowsXP。
ところがコンピュータウイルスが新たな脅威になっていきます。2003年にはWindowsXPのセキュリティーホールをついたBlasterウイルスが登場。ネットワークに接続するだけで感染するかいなウイルスで感染者が続出。それまでは自分でWindowsアップデートをしていましたが、ある程度、コンピュータ知識が要求されるためアップデートをしているのは上級者だけで般の人はほったらかし。これが被害を広めてしまいました。この後、マイクロソフト社では手動ではなくWindowsアップデートを自動更新するようになり、現在に至っています。
2007年にWindowsVistaが登場、2009年にはWindows7が登場。発展してきたWindowsですが、いまだにCP/Mと呼ばれる最初のマイコンキットで登場したOSをひきづっています。それがドライターです。ドライブレターとはAとBがフロッピー、Cがハードディスクのように外部記憶装置にA~Zを割り振ることです。
■WindowsXPの草原は実在する
WindowsXPのデスクトップでよく見かけるのが「草原」の壁紙。青い空に雲がかかり、緑の丘には日があたっています。世界中のウィンドウズ・ユーザーが毎日、見ている画面ですが、これはCGではなく実在しています。
場所はアメリカ・カリフォルニア州にあるソノマバレーの東にある丘。撮影したのはカメラマンのチャールズ・オレア氏で、現地のソノマバレーに住んでいます。「ナショナル・ジオグラィック」などの撮影を担当するカメラマンです。やがて単純な色から机の上に写真を並べるように熱帯魚や森林などいろいろな壁紙が登場するようになりました。
この草原があるソノマバレーはワイン生産で有名で、ブドウ畑が広がっています。カメラマンはワインにまつわる風景写真をよく撮影しているため、日常的に行き来する丘でした。ある日、カリフォルニアの青い空に積雲が広がる中、丘の緑が見事なコントラストになっていて思わず撮影しました。この時に撮影した写真が採用され、世界中のウィンドウズ・ユーザーが見ることになります。このカメラマン、実はマックユーザーだそうです。

あなたの出版をサポートします!ペンコム波乱万丈物語

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    木曜日は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西のセミナーを開催。1987年9月にはじめ、もう27年になります。始めた頃は20代でしたが、今やすっかりオジサンになってしまいました。(笑) 

    講師は明石で編集プロダクション&出版社をやっている株式会社ペンコム代表の増田さん。IT系の出版で有名なンプレスコミュニケーションズと提携し、パートナー出版社になっています。 

    ■あなたの出版をサポートします!ペンコム波乱万丈物語 
    編集プロダクションを立ち上げて、本を出そうといろいろと模索していた時に、あるコンテストで株式会社ナビットの福井社長と出会います。福井社長は地下鉄乗り換えマップを出した方で、一番最初は赤ん坊をベビーカーに乗せ、乗り換えマップの出版企画をもって本屋まわりをしますが、断られるばかり。 

    増田さんは福井社長に「日本に何社の出版社があると思っているの、片っ端からいきなさい」と言われ、出版社めぐりを開始。出版社に「今、会社の下に来ているので会っていただけませんんか」と片っ端からアプローチ。これが最初の本の出版につながります。 

    波乱万丈物語以外に出版企画書の書き方や紙の出版と電子出版もやっていますので、それぞれの違いの話などをおうかがいしました。 

    アマゾンの「中身検索」ですが、驚くほどアナログのやり方でやっているお話しを聞いてビックリ!

白金長者屋敷

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    都営三田線の西高島平駅近くにあるのが赤塚城、志村三丁目駅近くにあるのが志村城。そして白金台駅近くにあるのが白金長者屋敷です。都営三田線を巡ると3つの城跡を訪ねることができます。白金長者屋敷は白金台駅と目黒駅の間にある国立科学博物館附属自然教育園の中にあります。 

    室町時代、豪族がこの地に館を作りました。館の主が誰だっかは分かっていませんが、太田道灌のひ孫の新六郎がこの地を治めていたことが記録されていて、いわゆる「白金長者」であったという言い伝えが残っています。江戸時代、徳川光圀の兄にあたる高松藩主・松平讃岐守頼重の下屋敷となります。明治時代には火薬庫と変遷しています。昭和24年に文部省の管轄となって、自然教育園として公開されるようになります。 

    入口を入るとまず土塁があり、かなりの高さでずっと続いています。江戸時代の下屋敷には庭園が作られていましたが、土塁は何か事があった時のために、そのまま残したんですかねえ。かなり広い自然教育園ですが、ヘリの方を土塁がずっと巡っています。都会のど真ん中に、こんな見事な土塁がよく残りましたね。館跡というところがあり、かなり広い方形郭になっていて直角に曲がった土塁が残っています。見事ですね。 

志村城跡 板橋に残る城跡

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    都営三田線の西高島平駅から少し行くと志村三丁目駅があります。志村三丁目駅から少し歩くと、かなりの高台があり、ここが志村城跡。 

    といっても城の遺構はほとんど残っていなく熊野神社の社殿横に空堀や土塁などが残っている程度。熊野神社は古墳の上に建っているようで、古代から眺めのよい一等地だったようです。この熊野神社を勧請したのは戦国時代で、志村城に当時からずっとあった神社のようです。 

    城の遺構は残っていませんが周辺を歩いていると道路がすごい坂になっていたり、当時の城から見た景観を楽しむことができます。熊野神社の横に日本電産コパル株式会社がありますが、ここからも坂になっています。郭の一つだったようです。 

    西高島平にある赤塚城の支城だったようで、千葉自胤の一族である千葉信胤が城主で入っていました。、北条氏綱に攻められ落城したからは北条氏が支配しましたが、秀吉の小田原攻めで赤塚城ともども廃城になったようです。

赤塚城(高島平に残る城跡)

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    高島平と言えば東京の一大団地。団地の開発と同時に、東京都が都営地下鉄・三田線を整備して都心とのアクセスを確保しました。高島平という名前の由来は江戸時代の砲術家・高島秋帆に由来し、この地で初めて洋式砲術と洋式銃陣の公開演習を行ったため高島秋帆の名前から高島平と名づけました。 

    都営三田線の終着駅、西高島平駅から15分ほど歩くと板橋区立郷土資料館があります。ここに郷土の城である赤塚城について展示があると事前にホームページで調べていたので、さっそく行ってみると「板橋と馬」という特別展をやっていました。サラブレッドが導入される前の小さかった日本の馬にまつわる展示などがあり、面白かったのですが肝心の赤塚城の展示がない。入口で

    聞いてみたら特別展でスペースを使ったので常設展はないとのこと、残念。気を取り直して板橋区郷土資料館を出ると、横にかなり急こう配の丘があり、ここが赤塚城跡。 

    下総千葉氏の内紛で遺児となってしまった実胤・自胤兄弟はかろうじて城を脱出、武蔵に逃げ込み、太田道灌を頼ります。太田道灌が二人を庇護し、兄の実胤は石浜城に弟の自胤がこの赤塚城に入ります。その後は太田道灌の配下として、石神井城を攻めたりしましたが下総奪還はできず、太田道灌の死後は北条氏の配下になります。秀吉の小田原攻めで北条氏と運命をともにし、この時に赤塚城も廃城となったようです。 

    城跡は公園化されて土塁などは残っていませんが主郭などが拡がっていてなかなか見事。郭のまん中は梅林になっていました。戦国時代、一帯は湿地帯だったようで水堀状態になっていました。板橋区郷土資料館の横の池がその名残だそうです。 

戦略経営者3月号に執筆しています

TKC戦略経営者
税理士さんのグループTKCさんから「戦略経営者」という機関誌が毎月出ています。戦略経営者3月号の「Q&A経営相談」というコーナーに登場していますので、機会があればご覧ください。
書いているのは「複合機のセキュリティー対策は」で、情報漏えい対策にちなんだ話題。「複合機に保存されているデータが外部に流出し、問題になっているというニュースを見ました。有効な対策はあるのでしょうか。」という問いに対する答えです。
昔のプリンターと言えばPCに直接つないで印刷。2台で使う場合は切替装置を用意しましたが、今では社内LANに接続するのが当たり前。また1台でコピー、プリンター、ファックス、スキャナーなど、さまざまな機能を使え、場所をとりません。今や家庭でも複合機の時代です。
問題は複合機がサーバーと変わらないということ。セキュリティ対策をしておかないと複合機に残っている文章などを外部から持ち出されて情報漏えいになってしまいます。

Red Ball   AllAboutガイドのイベント

allabout20140301.jpgRed BallというのはAll Aboutのガイドが1年に1回集まるイベント。All Aboutのロゴに赤い玉が入っているのでRed Ballと言っています。 

■第一部 All Aboutの現在と今後 
1部は江幡CEOや西村編集長の概況説明。13年前に161テーマで始まったAll Aboutも今や1285テーマになっています。なんと「コスプレ」というサイトまでできていました。(笑) 

ガイドは842名で、ここ1年あまりで、すごく増えました。今日の出席者は300名弱でしたが、100名ほどは新しくガイドになった方ばかり。私は12年もガイドをやっているので、すっかりシーラカンス扱いです(笑) 

All Aboutの新しい方針は「ウェブ&リアル」。リアルで手芸などを教える「楽習フォーラム」やガイドが講師になって行う「じぶん学校」などが始まっています。メディアであるAll Aboutの月間ユニークユーザ数は33,000万人。最近はスマホで見る人が増え、All About全体ではPCを上回っています。ただスマホの利用目的で一番多いのは「ひまつぶし(60%)」。移り気なユーザーを相手にしないといけないのでメディア事業は大変です。 

動画にも力を入れるということで統計情報が出ていました。YouTubeなど動画の視聴者数は月間6000万人、しかも月に47時間も見ています。こちらもアクセスの半分はスマホ。 

あと日本ハンバーグ協会を作ったという報告もありました。マニアックなコミュニティをこれから作っていきたいということですが、山城協会などは絶対に却下されるでしょう。 

■第2部 パーティ 
Red Ballのメインは第2部のパーティ(笑) 

同じジャンルのガイドさんや、他のジャンルのガイドさんと知り合いになれるチャンス。料理とお酒を飲みながらいろいろとお話をさせていただきました。今年の会場は品川にあるTKPガーデンシティ品川。今までは株主のリクルートや大日本印刷の社員食堂などが会場でしたが、さすがにガイドが多くなったので、プロのホテルマンにまかせようということになったようです。 

東京ビッグサイト

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    東京ビッグサイトへ行くのは新橋から「ゆりかもめ」が定番ですが、東京駅からバスが出ていたので、これに乗ったんが失敗。ホームページには15分とありましたが、いろいろなバス亭に各駅停車するので結局、40分ぐらいかかってしまいました。ようやく東京ビッグサイトに到着。 

    さて東京ビッグサイトの展示会に入るのは実は初めて。大きいですねえ。今日は燃料電池展を見に行ったのですが、他にも太陽電池展やスマートグリッド展など8つの展示会が併設されていましたが、一つの展示会で受付したら、他の展示会は全てフリーパス。展示会ごとの入場者カウントなど、どうやって処理しているんでしょうねえ。 

    インテックス大阪でも併設して展示会が開催されますが、それぞれで受付しなければならず面倒。なかなかよいやり方です。それにしても出展社も多かったですが来場者もすごい人。インテックス大阪やポートメッセ(名古屋)の閑散としている光景とは全然、違いました。 

    さて帰りはバスじゃなく「ゆりかもめ」にしようと歩いていたら水上バスの文字を発見。1時間に1本、日の出桟橋と結んでいます。時刻表を見たらちょうど10分先に出るところだったので、水上バスに乗り込みレインボブリッジを横に見ながら日の出桟橋へ。ちょっと歩いたら浜松町駅でした。

ヤジロ・タガネ論争

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    お正月、お雑煮に入れる餅の数を聞きますが、いつも「ヤジロ2つ」と答えています。 

    ヤジロというのは餅米と普通のお米(うるち米)を混ぜてついた餅で、餅のようにあまり伸びず、米ツブの食感が残っていて、なかなかおいしいお餅の一種。伊勢地域ではよく食べられています。私はあまり餅は食べませんがヤジロはよく食べます。 

    「津ぅWalker」という津の食べ物を特集した雑誌が出ており、この中に津観音・門前町の商店街にある玉吉餅店の「ヤジロ餅」が取り上げられていました。雑誌の記事を見ていたら、横から「ふつうはヤジロと言わずタガネと言うけど」という声が。 

    「タガネ!?そんなん初めて聞いたで、これはヤジロだあ」。とタガネ、ヤジロ論争が勃発。(笑) 

    ネットで調べると「タガネ」と「ヤジロ」は同義語で、三重の北勢地方では「タガネ」と呼んでいて、津よりもう少し南では「ヤジロ」と称しているそうです。どっちにしても全国的には食べられていないんですねえ。どおりで大阪のスーパーではヤジロ餅を売っていないはずです。

今池 地名の由来(名古屋)

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    今朝、ちょっと早く名古屋駅に着いたので地下鉄・桜通線で吹上の2つ手前にある車道駅で下車。地下鉄のすぐ近くをJR中央本線が走っていて千種駅があります。この千種駅から少し行ったところにあるのが高牟(たかむ)神社。 

    ■高牟神社 
    延喜式にも記載されている古い神社で、もともとは尾張物部氏の武器(牟は鉾のこと)を納めた倉があり、そこから高牟神社となりました。境内には「延命長寿」や「恋が生まれる」という名泉「古井の清水」があります。高牟神社のあるあたりは古井町と呼ばれていました。 

    この高牟神社前からゼロ戦を運んだ、郡道が走っていて今日は郡道を歩きながら吹上に出ようと思ったら1本、道を間違っていました。あとで古地図をみたら郡道は1本道なんですが、けっこう曲がっていて、現在は住宅地に変わってしまったため、行ったり来たりしないと郡道に出られないようになっていました。 

    ■今池 名前の由来 
    郡道と飯田街道が交差する近くにあるのが古井ノ坂(こいのさか)。このあたりも高牟神社と同様に豊富に湧き出る土地で、地下水脈は同じようです。この水があったのでサッポロビール名古屋工場ができました。現在はイオン千種になり、敷地の一部は名古屋ビール園・浩養園(こうようえん)になっていて名古屋市新事業支援センターの宴会でよく使っています。 

    郡道のすぐ近くに馬池という農業用のため池がありました。郡道を通る馬に水浴びさせるところから馬池と名づけられました。吹上の一つ先が今池ですが、今池の地名はこの馬池からきています。現在は埋め立てられ今池中学校になっています。