日本の中にもう一つ国家があったことをご存知ですか?
プリンセストヨトミの話ではありません。
■関西電子共和国の誕生
1995年4月1日に建国された国家で、名称は「関西電子共和国」。元々は東京への一極集中では駄目ではないかという議論からスタートしました。
日本の東西に政府を作り、それぞれの風土にあった政治を行い、「どうも、私は東の政府の方が向いている。」と思えば東の政府に税金を払い、「西の方が向い
ている。」と思えば西の政府に税金を払います。
例えば汚職などが起きれば、誰も税金を払わなくなって政府が廃れ、別の政府の勢力が大きくなります。つまり政府が緊張感をもって政治運営ができるよう二大政党制ではなく二大政府制で実現する仕組みです。
ただ現実世界では難しいので、当時、技術者の世界からようやく一般の世界に拡がり始めたインターネットを使って行おうという話になりました。他に
も色々なシミュレーションを行う場を作りたいということもあり、市民が自主的に参加する電子社会のシミュレーションの場として関西電子共和国が建国されま
した。
■国民になるには
国民になるには共和国憲法に賛同し、関西に興味がある人なら誰もが国民になることができました。
そのため大阪の居酒屋では
「明日、映画でも行かない?」
「ごめん、明日は共和国会議があるんだ。」
とスターウォーズの一場面のような会話が行われていました。
■関西電子共和国の今
色々な実験を行っていましたが、電子商店などが登場する以前に電子決済などの商取引を行う実験を始めようとしました。ところが公的機関にサーバー
を置いていたこともあり、商取引はまずいということになり旧約聖書のような流浪の民になってしまったのが共和国滅亡の原因の一つになっています。
ただ各地に共和国戦士が生き残り、あきらめずレコンキスタ(国土回復)運動をしておりますので、そのうち復活するかもしれません。
映画プリンセストヨトミを見に行った時に、大阪国総理大臣 真田幸一(中井貴一)が「壊すのはとても簡単だ。 だが、一度壊したら、 二度と戻すことはできない。」と会計検査院に言うセリフがありますが、涙なくして見られませんでしたね。