紳士は互いの信書は読まないものである

アメリカの国家安全保障局(NSA)が同盟国であるヨーロッパや日本の大使館を盗聴対象にしていたと問題に。CIAの元職員のスノーデン氏の暴露ではじまった事件ですが亡命先をめぐって情報が錯そうしているようです。
国際政治の舞台では情報をにぎった方が勝ちですので、同盟国の大使館といえども盗聴するのは当たり前で、相手もやっていますのでお互い様の面もあります。
かってアメリカでは「紳士は互いの信書は読まないものである」といってスパイ活動をやめさせた人物がいました。この時に今回と同じような暴露事件が発生しました。
■紳士は互いの信書は読まないものであると暗号局を閉鎖
第一次世界大戦時に陸軍省所轄のMI-8暗号局(通称:ブラックチェンバー)を設立し、暗号解読で活躍していたハーバート・O・ヤードレーという人物がいます。このブラックチェンバー(闇の会議所)ですが、国務省から予算を打ち切られてしまいます。 
当時はフーバー大統領の時代で、国務長官のヘンリー・L・スティムソンが外交文章を盗み見るような行為は駄目とブラックチェンバーを閉鎖してしまいました。理由は「紳士は互いの信書は読まないものである」と政治の世界ではとうてい考えられないような能天気な理由です。
第一次世界大戦中、暗号解読によりアメリカに多大な貢献をしたことを評価せず、ブラックチェンバーを閉鎖したことにハーバートは憤慨。「他の国は暗号解読をやっているのにアメリカだけ止めるとは何事だ!」と執筆したのが『ブラックチェンバー 米国はいかにして外交暗号を盗んだか』という本です。
本の中にはブラックチェンバーの内幕や、ドイツの隠しインクを使った暗号、美貌のスパイなど暗号の裏話が満載で、いわゆる暴露本です。具体的な暗号の解読方法も書いてありました。アメリカでは発表と同時にベストセラーになり、日本でも緊急翻訳されました。
アメリカ国民はこの本で、暗号解読秘密組織ブラックチェンバーの存在を初めて知ることになります。さすがに、こんな牧歌的な時代はすぐ終わり、第二次世界大戦が近づく中、暗号局は復活しました。今ではNSA(アメリカ国家安全保障局)などがアメリカ国家の安全を守るためという理由で世界中の通信を傍受しています。
■フィル・ジマーマンが作ったPGP
その後、国家が暗号を握ってコントロールするようになったのですが、それに反対したアメリカ人がいました。フィル・ジマーマンという人物です。彼はもともとプログラマでしたが、同時に反核反戦活動にもたずさわっていました。
ある時、反核グループがFBIの捜査を受けてパソコンが押収されてしまい、内部データがFBIの手に渡ったことから個人のプライバシーは個人で守るしかないとPGPというソフトを開発しました。
PGPはPretty Good Privacyの略で、日本語で言えば【プライバシーを守る、いかしているソフト】のようなニュアンスです。ふつうのパソコンユーザーが最先端の暗号アルゴリズムを使って暗号化できる初めてのソフトでした。ファイルを暗号化しておけばパソコンが押収されても秘密を守ることができます。また電子メールの暗号化ができますので、秘密のやり取りをする時に重宝します。まさにプライバシーを守る、いかしたソフトでした。
■世界にひろがったPGP
ジマーマンがPGPを開発したのですがアメリカでは暗号は兵器扱いとなっており、PGPももちろん輸出規制品項目です。アメリカ以外にソフトを持ち出せば重大な犯罪行為になりました。
ところがアメリカというのは面白い国で、出版の輸出入は憲法上保証されています。そこでジマーマンらはPGPのソースコードを印刷して本にしてしまい輸出してしまいました。これなら法律批判にはなりません。輸入した国では本の内容をOCRから取り込むことでコンピュータに入れることができ、PGPが世界中に拡がっていきました。
その後、アメリカ政府も輸出規制を緩和し国外でもそのまま使えるようになりました。