淀君が住んでいなかった淀城へ

yodo2010101.jpg京阪電車の淀駅周辺で高架工事が行われており京都から大阪へ向う側は高架になっています。電車の窓から京都競馬場が見えますが反対側に見えるのが淀城。高架から一望できるようになると、かなり広いことが分かりました。気になっていたので、大学の講義の後に寄ってきました。

地下鉄東西線で六地蔵駅へ出て、宇治川沿いに走る京阪宇治線で中書島へ。ここは坂本竜馬とお龍で有名な伏見の船宿・寺田屋の最寄り駅なのでホームには竜馬の写真などがそこかしこに貼られていました。中書島で乗り換えて一駅目の淀駅へ。

yodo2010102.jpg淀駅のすぐ近くというか、すぐ隣にある淀城へ行ってきました。伏見の船宿ができるように水運の地で桂川、宇治川、木津川が合流し、淀川となる地です。徳川秀忠が廃城となった伏見城のかわりに建てた城で天主台もしっかり残っています。

淀君の名前の由来となった淀城は、この淀城のすぐ近くにあった淀古城で、こちらの遺構は残っていません。山﨑の合戦の舞台にもなりました。高架の淀駅から見ると村田製作所の本社がすぐ近くに見えました。本社近くに勝竜寺城があり、ここが山﨑の合戦で明智光秀の本城になったところですので、淀城あたりも山﨑の合戦の舞台になったんですね。幕末にも幕府軍瓦解の舞台になったところです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です