秀吉のお母さんの家

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    豊臣秀吉は名古屋駅から少しいった中村で生まれました。現在は中村公園になっていて秀吉清正記念館があります。 

    秀吉のお母さんは仲(なか)という名前ですが、秀吉が出世しちゃいましたので大政所と呼ばれています。織田家の雑兵だった言われる木下弥右衛門のもとに嫁ぎ、秀吉が生まれます。夫が死んだあとは竹阿弥と再婚し、堺屋太一が「ある補佐役の生涯」として描いた豊臣秀長が生まれます。 

    竹阿弥とソリがあわなかった秀吉は15歳の時に家出。秀吉が生まれた尾張の織田家といえば、まだまだ中小企業で、武士を目指すのなら、大企業であった今川家への仕官が王道。浜松では、今川家の幕下であった松下加兵衛に運良く仕えることができました。 

    紆余曲折があって織田信長に仕えることになりますが、秀吉は桶狭間の合戦以来、零落していたかつての主君、松下加兵衛を遠江久能城1万6千石の大名にしています。最初の武家奉公を教えてくれた、その恩義に報いています。 

    さて秀吉のお母さんの大政所ですが、出身地は御器所だと言われています。住宅地の真ん中に小さな公園があり御所屋敷跡とありますが、まあ伝説にちかいでしょうね。

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