家康が捕虜生活を脱した大高城

大高城
日が長くなってきたので、名古屋市新事業支援センターでの窓口相談が終わってから東海道線に乗って大高城跡に行ってきました。
住宅街の中にあるこんもりとした小山が大高城跡。「大高城跡公園」という矢印のついた小さな看板の所を曲がり民家と民家の間を通る細い路地を登ったところにあります。看板がなければ、絶対に気づきません。
大高城は桶狭間の合戦の前哨戦が行われたところです。大高城は今川義元が奪った城で尾張の最前線。織田信長は周りに砦を築いて対抗します。戦国時代は城のすぐ近くが海岸線でしたが、この海からの補給を砦網で塞いでしまい大高城は孤立してしまいました。
そこで今川義元が大高城を救援するために起こしたのが桶狭間の合戦の発端と言われています。この時、徳川家康が大高城に兵糧を入れる役目を命じられ、丸根砦を落として、見事に兵糧入れに成功します。
やがて大高城へ届いたのが今川義元が織田信長に敗れたという知らせ。撤退して岡崎城へ向かうことになり、家康にとっては、長い捕虜生活から開放され新しい門出となった場所となりました。

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