家康のお祖父さんが殺された守山城

守山城
名鉄瀬戸線・矢田駅近くにあるのが守山城。矢田川沿いの高台に造られた城です。川の向こうにはナゴヤドームが見えます。城跡のほとんどは現在、宝勝寺境内になっていますが、郭の一部や空堀跡が見事に残っています。郭の上に立つと周りが一望できます。
三河を統一した松平清康(家康のお祖父さん)が尾張に進軍。織田信秀(信長のお父さん)の弟・信光が守る守山城を攻めます。もっとも信光とは話ができていて戦わず開城したという説もあります。松平清康は、この守山の陣の最中に家臣に殺害されてしまいます。この時に使われた刀が村正だったという説があります。25歳の若さでした。もっともなぜ殺されたのか詳しいことはよく分かっていません。これが守山崩れと後世、呼ばれるようになります。
松平軍は三河へ引き返しましたが、長男の松平広忠(家康のお父さん)はまだ13歳。弱体化したため、松平氏は今川氏の傘下に入ることになります。よくテレビや映画で今川の人質になった家康を三河武士が田を耕しながら待ちわびるシーンにつながります。(あのイメージは江戸時代に作られたものです)
家康のお父さんである松平広忠も24歳でなくなっています。死因はよく分かっていません。家康がなぜ、あんなに健康に気を使ったのは2代続けて若死にだったからでしょう。守山城ですが、桶狭間の戦いで織田信長が勝利し、今川の脅威もなくなり廃城となりました。

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