水軍が移り住んだ久留島(津市)

津
津の実家周辺の地名が岩田。今はすっかり住宅地になってしまいました。
岩田は、もともと伊勢神宮の料地であった岩田御厨があった所。御厨とは神の台所という意味で、神饌を調進する場所や神饌を調進するための領地を意味します。
この岩田の一角にあるのが久留島。秀吉の朝鮮出兵では日本水軍の大将が藤堂高虎だったので、村上水軍の一派、来島水軍の将兵の一部が藤堂高虎に従い、そのまま住んだ所だそうです。すぐ近くには伊予町があり、こちらは藤堂高虎の前の領地だった伊予からついてきた町人が移り住んだところ。
そういえば日本海海戦でバルチック艦隊を破った東郷平八郎が戦勝報告を伊勢神宮にするために軍艦を引き連れ、上陸したのが津の港。水軍の大将だった藤堂高虎にあこがれていたようです。阿漕駅から伊勢神宮へ向かいました。
岩田と言えば有名なのが「岩田川の戦い」。伊勢の国司だった北畠の三代目が北畠満雅です。南朝方で、岩田川で足利幕府と戦い、討死してしまいます。これにより北畠氏の勢力が弱まりました。
大阪で住んでいる枚岡も南朝方(楠木正成)が敗れたところですし、いろいろとご縁がありますなあ。

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