耳成山から藤原京へ

藤原京
耳成山へ登った後、せっかく大和八木まで来たので少し南にある藤原京跡へ行ってきました。
以前まで藤原京は大和三山に囲まれたエリアに作られたと考えられていましたが発掘調査の結果、めちゃくちゃ大きく、平安京や平城京よりも大きかったことが判明しています。北には玄武大路、南には朱雀大路が整備されていました。北をつかさどる玄武は耳成山です。
藤原京は飛鳥から694年に持統天皇が遷都しました。といっても平城京跡と一緒で、何も残っていません。大極殿の土壇が少し高くなって残っているのと、発掘調査したところの柱跡が再現されているだけです。あとは野球をやったり、運動場になっています。
日本書紀は新益京という名前でした。ここらあたりは藤原という土地名で、飛鳥京と同様に藤原京というのは学術用語です。藤原鎌足はこのあたりの出身のようで中臣から藤原に名前を変えました。

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