専門家派遣の依頼で最初は断ったのですが支援先が三岐鉄道に乗って行くところでしたので思わず快諾。
というわけで専門家派遣の合間をぬって三岐鉄道に乗り保々西城へ行ってきました。北勢中央公園の一角に城があるのですが現地に着いても案内版も何もなし。公園関係者に聞くと野球場のボードの裏側から城に入る道があることを聞き、いざ潜入。城の碑もありました。
郭の土塁や虎口だけでなく城の前に拡がる屋敷跡の土塁も見事に残っていました。保々西城は丘城ですのでスーツ姿でも大丈夫です。これで雨さえ降ってなければよかったのですが...。
保々西城を造ったのは茂福城主である朝倉備前守。織田信長が伊勢侵攻してきた時に滝川一益の攻撃を受け落城、朝倉氏は滅亡します。