堺東駅

堺東駅
南海電車の急行などに乗ると難波の次に止まるのが星野リゾート・ホテルで話題の新今宮駅。次が天下茶屋駅で天下茶屋を出たところで南海本線(和歌山へ)と南海高野線(高野山へ)に分かれます。南海高野線を天下茶屋駅から10分ほど走って着くのが堺東駅です。
堺は大坂の陣では最初は豊臣方、冬の陣前には徳川方に味方しました。夏の陣となり徳川方である和歌山の浅野長晟を攻めるために大坂城を出撃した大野治胤(大野治長の弟)は徳川方に味方した堺を焼き、焦土にしてしまいます。真田信繁率いる真田軍が家康本陣に突っ込む時、徳川方を動揺させるため「浅野殿が裏切られた」と叫んだ浅野殿とは浅野長晟のことです。
大坂の陣が終わり、復興事業がはじまります。元和の町割が行われ大小路は東西方向(横筋)の基幹道路として整備され、堺の市街地の東端にある土居川には大小路橋がかけられます。現在、川は埋め立てられましたが大小路という地名は残っています。ここが竹内街道や西高野街道と接続する堺の東玄関となります。堺東駅はもともと大小路駅という名前でしたが、すぐ堺東駅となりました。大小路駅の方が由緒があってよかったのに!

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