大和片岡城

片岡城
JR王寺駅から和歌山線に乗り換えて一駅目が畠田駅。駅を降りて丘を登ると片岡城があります。中世の城では珍しく案内板まであります。堀切などが見事に残っています。
珍しく誰が築城したかもわかっていて片岡国春という人物。1550年に築いたようです。片岡氏は鎌倉時代から続く武士団で、太平記に大塔宮護良親王に付き従う九名の中に、赤松則佑とともに片岡八郎の名がでており、片岡氏の一人とみられています。
大和は筒井党と越智党との抗争のなどがあり、最終的に片岡氏は筒井方についていましたが、松永久秀に片岡谷を攻められ落城しています。
松永久秀の配下となった片岡城は大改修され、現在の遺構はこの時のもののようです。松永久秀が信貴山城に立て籠もり織田信長に反旗を翻しましたが、支城の片岡城は明智光秀勢の攻撃を受けて落城します。

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