復刻された江戸時代の津城下絵図をもっているのですが津城の北側、塔世橋近くに小さな堀があります。津城には内堀と外濠があり、惣構えにしては中途半端で、しかも当時の市街地の中を通っています。
どうも藤堂高虎が縄張りした時は観音寺の裏から安濃川の支流である桜川の小流につないで、城下の最も外側の守りとする計画、つまり惣構えがあったようです。ですが豊臣家が滅んでしまい計画を途中で放棄したんですかねえ。東の丸も整備しませんでした。やがて江戸時代がすすむうちに、高虎時代の惣構えを超えて市街地が大きくなったのでしょう。
現地には小さな水路が残っています。場所は国民生活金融公庫の東側ですが、ただ水路は途中で観音寺に向かって南に折れないといけないのですが、まっすぐ東側に進んでいます。国道23号線をはさんだ反対側に料亭「桜水楼」がありました。名前の通りに見事な桜が春になると咲き、国道23号線に花びらが積もっていました。
今は更地になって朝日屋の駐車場になっています。藤堂藩の時代は桜川が流れていたので、そこから名前をとったかもしれません。