宝塚古墳の被葬者は誰?

宝塚古墳

船型埴輪が見つかったのが宝塚古墳の1号墳で、伊勢国では最大の前方後円墳です。宝塚古墳は松阪郊外の丘陵上にあり伊勢湾が一望できるところで、航行中の船からはランドマークになっていたでしょう。宝塚古墳は国の史跡として整備され船形埴輪が見つかった造り出し部分に埴輪が再現されています。

【伊勢にもあった国譲り神話】
1号墳の被葬者は分かっていませんが、地域をおさめた飯高氏の先祖である乙加豆知命(オトカズチノミコト)ではないかともいわれています。乙加豆知命は斎王である倭姫命を伊勢で出迎えたと伝わっていますので、大和朝廷と関係があり、東の守りをまかされた人物でしょう。日本武尊(ヤマトタケル)が東征に出向く前、伊勢へ寄って倭姫命より草薙剣を受け取っています。

伊勢にはもともと伊勢津彦という出雲神がいて、神武天皇に逆らっていました。ところが攻められて東海に逃げたという、出雲と同じような国譲り神話が残っています。伊勢という国名はこの伊勢津彦からとられたという説があり、古代にはいろいろとあったようです。

1号墳のすぐ横に2号墳があり、こちらは帆立貝形古墳になっています。1号墳との位置関係から1号墳の後を引き継いだ首長のようです。宝塚古墳には88基以上の古墳があり、王家の谷のようになっていましたが、宅地開発などでほとんどが消滅してしまいました。

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