根福寺城(和泉)

根福寺城(和泉)
根福寺城(和泉)

和泉にある根福寺城へ。

水間寺から秬谷(きびたに)川をさかのぼった秬谷・大川の集落近くの山にあります。主要街道などがない所なので非常用の山城かなと思うわりには、かなり大規模な山城になっています。一城別郭の城になっていて東と西の2つの尾根に郭群が拡がっています。山に入り込み、山道を15分ほど歩くと二重堀切がいきなりあらわれます。大規模な堀切が2つもあり、見事に侵入者を防ぐ形になっています。

東側の郭群を堪能した後、尾根を一度下って今度は西の尾根を登ります。頂上には千畳敷と呼ばれる広い郭があり、ここから泉佐野の街が見え、関空からは飛行機が飛び立つところが見えます。

根福寺城は天文年間(1532年~1555年)に細川晴元に従っていた松浦肥前守によって築かれたと云われています。最初は野田山城という名前でした。細川晴元が三好長慶と対立すると松浦肥前守は三好長慶方となり根来寺勢力と対立していましたが、根来衆が野田山城を接収して根福寺城としたようです。

豊臣秀吉の雑賀、根来攻めで根福寺城も秀吉側になったようです。西にある郭群には見事な畝状竪堀群があるとのことでしたが、切岸を降りる道がなくあきらめました。

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