将軍山城

将軍山城
将軍山城

250段の階段を上がると狸谷不動院がありますが、狸谷不動院のさらに奥に山道があり、山道を登りきると将軍山城(北白川城、瓜生山城)があります。

幸龍大権現の社がある所が主郭跡で、付近は京都一周トレイルコースにもなっており、ハイカーや山道を走っている人がたくさんいます。もっとも山道からはずれて城巡りをしている人は皆無です(笑)。将軍山城には尾根沿いに、たくさんの郭があり、また付近には他に5つの城がある城塞群になっています。

■有名武将オンパレードの将軍山城
将軍山城を造ったのは細川高国で近江から京都へ攻め入る拠点として築きました。細川高国が大物崩れ(尼崎駅の手前に大物駅があります)で自害すると、隣にある東山新城と共に細川晴元が城を奪います。細川晴元といえば先日の「麒麟がくる」で三好長慶を襲っていた人物です。

それ以前に細川晴元と第12代将軍足利義晴が対立するようになり足利義晴が将軍山城を大幅に修復した記録が残っています。その頃は晴元の家来だった三好長慶軍が城攻めをしています。信長の時代には信長包囲網となった志賀の陣で、明智光秀が将軍山城に入って数カ月、延暦寺を牽制していました。

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