奈良湖

山の辺の道
山の辺の道

GWだというのに、ずっと家に籠ってセミナー準備。早く寒くなって山城シーズンになんないかなあ

そうそう推古天皇の後を継いだ舒明天皇の不思議な歌が万葉集に載っています。天の香具山に登って国見をした時の歌で「国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎(かまめ)立ち立つ」というフレーズが出てきます。奈良に海原はないので香具山の麓にある埴安の池を歌ったのではというのが定説です。

でも天の香具山からカモメが飛ぶ海原が見えたらどうでしょうか。

■古代、奈良湖があった
奈良盆地、縄文時代の遺跡は微高地で見つかりますが盆地の中心にはありません。弥生時代になってようやく見つかるようになります。古代、奈良湖があり弥生時代に水位が下がってきたようです。日本で一番古い官道と言われる山の辺の道が山麓を巡っているのは、残っている湖や湿地帯を避けるためのようです。また蘇我氏や葛城氏など古代の豪族が盆地の周辺を本拠地にしていたのも同じ理屈でしょう。舒明天皇の時代にも奈良湖の痕跡が残っていたようです。

邪馬台国説がある纏向遺跡には南北2本の運河がありましたし、斉明天皇も香具山の西から石上山(天理市)まで10数キロの運河を作りましたので奈良湖の痕跡をうまく活用して実現したのでしょ。

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