三吉石塚遺跡

奈良盆地の西側にあるのが馬見丘陵。南北7km、東西3km、標高は最大で25mにあり、ここに古墳が点在しており馬見古墳群です。4世紀末~6世紀にかけて造営され葛城氏の墓域とみる説が有力です。馬見古墳群の一つが三吉石塚古墳で帆立貝形になっています。古墳時代中期の5世紀後半頃に築造されたようで、発掘後にきれいに整備されています。

三吉石塚遺跡
三吉石塚遺跡

葛城の地を本拠にしたのが葛城氏です。葛城襲津彦(かづらきのそつひこ)という人物がいて百済記にも名前が出てきますので実在は確かなようです。大きな政治力があり、子孫は大王家と婚姻関係を持つことで維持していきました。5世紀には履中天皇から武烈天皇まで9人の大王のうち、6人の母が葛城氏でした。雄略天皇の時に滅ぼされてしまいます。

一説には葛城氏の後裔が蘇我氏だった可能性があります。ですので「我、蘇り」と名乗ったのかもしれません。

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