■朱雀門
平城京の正門が朱雀門で、ここから南の羅城門まで朱雀大路がのびています。平城京には12の門がありましたが、「天子南面す」が基本でしたので南の朱雀門が一番、重要な門になります。現在の朱雀門は1998年に復元され、休日に近鉄電車に乗ると「右手に平城京の朱雀門が左手には大極殿が見えます」とアナウンスされます。
藤原京などでは大伴氏が守っていたため大伴門とも呼ばれていましたが、714年に南方を守護する朱雀の名を冠した朱雀門になりました。外国使節は羅城門をくぐる決まりがありましたので、朱雀大路を進んで朱雀門に至り門前で歓迎会が開催されました。平城京ですが、「へい・じょう」は漢音、呉音の組み合わせでありえず、本当は「ヘイ・ゼイ」か「ヒョウ・ジョウ」のいずれかで呼んでいたはずです。
■SDGs
当時は資材が貴重でしたので、基本的に再利用です。藤原京から平城京遷都となった時、使える瓦は平城京に運ばれ再利用されました。平城京用に新規で焼いた瓦は黒っぽくなっていて、色で平城京の瓦か藤原京の瓦か見分けられます。
大極殿は中心となる建物なので全部新調されました。現在、平城京跡に大極殿と朱雀門が復元されていますが、大極殿には平城京で新調された黒っぽい瓦、朱雀門には藤原京の瓦が使われたことから白っぽい瓦で復元されています。