西国街道をゆく(瀬川・半町)

瀬川・半町宿

阪急電車箕面線の桜井駅前を通っているのが西国街道です。少し西に行くと瀬川・半町(はんじょう)宿になります。山崎宿からだと芥川(高槻)、郡山(茨木)の次の宿場が瀬川・半町宿です。といっても痕跡はなにも残っていません。大勢の軍が移動するには街道を使うしかありませんので、ここらへんで戦いが行われます。

瀬川合戦
護良親王による倒幕の令旨に従って播磨の赤松則村(円心)軍が六波羅探題軍と対峙します。猪名川付近の戦いで赤松側が敗退しますが、兵を率いて瀬川宿に陣をかまえていた六波羅探題軍に夜襲をかけ、打ち破りました。

豊島河原合戦
倒幕後、南北朝の時代となり足利尊氏と新田義貞・北畠顕家が戦ったのが瀬川宿から少し西に行った箕面川のあたりです。豊島河原合戦で足利尊氏は敗れ九州に落ちていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です