
豊田市はもともと挙母(ころも)市でしたが、トヨタの企業城下町でもあり市名が変更になりました。ただ町を歩くと挙母の名前が残っていたりします。その一つが挙母神社です。
創建は諸説ありますが、1189年(文治5年)義経の家臣である鈴木重善が建立した説があります。熊野から平泉の義経のもとに向かう途中、挙母で衣川の戦いで義経が討ち死にしたことを知り、この地に隠れ住んだそうです。やがて吉野から「子守明神(吉野水分神社)」を勧請し挙母神社の創建になりました。
「熊野の鈴木」でピーンときたあなた!ピンポン、そうです。熊野が発祥の地であるあの鈴木氏です。本家の鈴木重家は衣川の戦いで義経とともに討死にしています。この重家の叔父が重善で重家が幼い時は預けられて面倒をみていました。自身も平泉に向かっていましたが病気がちで義経の訃報から、そのまま三河に土着し三河鈴木氏の祖となりました。
豊田市駅からちょっと歩いた街中にあり、近くには桜城址公園があります。