鷺森御坊

鷺森御坊

織田信長と石山本願寺との10年戦争、いわゆる石山合戦は石山本願寺側が和睦に応じ、門主・顕如が石山本願寺を退去することで終わりました。天正8年(1580年)、退去した顕如が入ったのが和歌山にある鷺森御坊です。南海・和歌山市駅からすぐの所にあり、今はそれほど大きな寺院ではありませんが、発掘調査で深さ3mの堀が巡っていたことが分かり、寺院というより平城になっていました。

顕如は天正11年(1583年)に貝塚御坊(願泉寺)へ移ります。天正13年(1585年)に秀吉から天満の地を与えられ、天満本願寺を建立します。天神祭りで有名ですね。天正19年(1591年)に秀吉から京都七条堀川の地が与えられ本願寺ができましたが、顕如が亡くなった後の跡目争いを利用して徳川家康が西本願寺、東本願寺に分離し、一向宗の力をそぐことに成功します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です