源氏ゆかりの芝ケ森

柴ケ森

弥富を歩いていると柴ケ森という場所がありました。源氏に縁がある場所です。平治元年(1159 年)に平治の乱で平清盛と戦い、敗れた源義朝が逃亡する時に立ち寄った場所です。今は住宅地ですが当時は水運の地でした。舟に積んだ柴の下に隠れて当地に来た義朝は、もう大丈夫だと柴を川辺に下ろします。この柴から芽が出て、森となり柴ケ森と呼ばれるようになりました。今は武家の神である八幡神社になっています。

■源頼朝の助命
平治の乱で勝利した清盛を中心に平氏一門が中央政界を席捲することになります。尾張までたどりついた源義朝は知多郡野間の長田忠致を頼りますが、裏切られて殺されます。平治の乱では13歳の源頼朝も戦っていますが、清盛の継母である池禅尼が頼朝の助命を願い、伊豆へ流されることになします。これが平氏にとっては誤算となりました。

頼朝の母の実家は熱田大宮司家で。上西門院統子(後白河上皇の姉)に奉仕しており、かっては頼朝も奉仕をしていた。池禅尼も上西門院と関係があり、頼朝の母方の縁者から働きかけがあったようです。

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