
崇神天皇の時代、疫病をおさめるため宮中にあった天照大神と倭大国魂神を外に出すことにし、倭大国魂神は現在の大和神社に祀られました。天照大神は豊鍬入姫命に託して笠縫邑(現在の檜原神社)に祀ります。
外に出したのは宮中に2神を祀っていたからダメなんだという理由なんですが、よう分かりません。次の垂仁天皇の時代に倭姫命に託して大和から伊賀・近江・美濃・尾張の諸国を経て伊勢に入り、内宮を創建します。
■伊佐波登美命鎮座地
次に倭姫命は天照大神に捧げる神饌を調達する御贄処を探し志摩で伊佐波登美命に迎えられて伊雑宮を創建します。伊雑宮の近くに伊佐波登美命鎮座地がありますが、倭姫命が来る前から聖地だったのでしょう。伊勢神宮が創建される前からあったようです。
伊雑宮には参拝客がいましたが、鎮座地には誰もいませんでした。