
豊臣兄弟で前田利家(犬千代)が登場しましたね。先日、写真の整理をしていたら武生駅前から少し歩いた越前市役所にあった石垣の写真が出てきました。石垣などがあると条件反射的に撮影してます(笑)。案内板には本多家館の石垣とありましたが、あらためて調べると越前府中城があったところなんですね。
■賤ヶ岳の戦い 柴田勝家の敗走
朝倉氏を滅ぼした信長が前田利家に府中の地をあたえ、造ったのが越前府中城です。江戸時代は本多氏が明治維新まで治めました。賤ヶ岳の戦いで前田利家は勝手に戦線離脱しますが、北ノ庄城に敗走する柴田勝家が越前府中城により、長年の厚誼に感謝し、秀吉に降るように言って、利家から預かった人質も返したという、よくドラマなどで描かれるシーンがあります。
これには諸説あって、前田利家は迂回して越前府中城へ向かいましたので物理的に勝家の前に城には入れず、そうなると対応したのは「おまつ」だけになります。
■前田利家は本当に敵前逃亡したのか
前田利家が敵前逃亡したという噂がたちますが、秀吉は越前府中城へかけつけて利家を説得したのではないかという説です。秀吉は右腕が必要なので最初から秀吉と話を通じていたことにしないかともちかけます。利家は家の安泰と加増に決断せざるをえません。結果をみて世間は最初から秀吉と話ができていたと考え、敵前逃亡のうわさが流れます。