津島湊

津島湊

織田信長が生まれた勝幡城を、昔、見に行きましたが城跡はなく、虎口(城の入口)に通じる道が今も住宅地に残っていました。勝幡城の最寄駅は名鉄・勝幡駅ですが二駅先が津島駅です。この津島にあったのが津島湊です。川湊ですが、当時は300mほどの広さの川幅で交易をおこなう船が行き交う一大物流拠点でした。勝幡城の織田家は、祖父、父親の時代から次第に勢力を広め信長の頃は津島からの運上金が経済力の源になっていました。

この津島湊では津島天王祭が行われます。365個の提灯が船に半円・山型に飾られ、壮麗なお祭りで信長も見学にきていましたし、「信長公記」には津島の家臣・堀田道空の屋敷で付近の農民を招き、信長は天女の恰好をして踊ったという記録も残っています。

信長が上洛してから堺、草津など物流拠点をおさえたのは、この津島の経験からでしょう。

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