積善寺城跡 JR阪和線の和泉橋本駅の近くにあります。
遺構は何も残っておらず住宅地になっていますが、長屋門のある家があったり、狭い通りなど古い町並みを残しています。主郭があったのが明教寺付近と言われています。表札には根来という名前がかかっていました。Googleマップでは明教寺が積善寺城跡となっていますが、少し離れた安楽寺境内が主郭とも書かれており、ここらへん一帯が城跡だったようです。
積善寺城はもともと三好一族と争った時の砦として作られ、近木川沿いの千石掘城などとともに、根来衆の出城でした。基本的に平城で秀吉の紀州攻めでは三重の濠をめぐらした城に根来衆9,500人が立て籠もって戦いました。結局、城は落ちず和睦開城となったようです。