不正侵入にはリアルもネットもある

ジョーシス
ジョーシス(情シス)というサイトに【新人向け実践情報セキュリティ講座】というのを毎月、連載させてもらっているのですが最新版(第四回目)が公開されました。
「不正侵入にはリアルもネットもある」ということでソーシャル・エンジニアリング(人間の心理をついて秘密情報などを得ること)をテーマにしています。新人IT担当者向けなので平易に書いています。
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東京の通勤は大変

新幹線
よろず支援拠点 全国研修会の2日目
研修は9時半スタートなので虎ノ門までゆっくり行けばよいと9時前後に銀座線に乗ったら、御堂筋線なみの混雑。9時といえばふつうの会社の始業時間なので大阪の地下鉄ならけっこうすく時間帯なんですが東京は大変ですね。
虎ノ門駅の1つ前の新橋駅のホームでは入場制限をやっていました。ホームが狭いせいもあるのでしょうが、9時前後でこの状態ならラッシュ時はどんなんだろう。
研修会場は虎ノ門ツインビルという虎ノ門病院横のビルでしたが、周辺にあまり食べる所はなく地下の食堂か1階で販売している弁当を買う人で列ができていました。通勤は大変だし、ランチ難民にもなるし東京は大変そうですね。
2日間の研修は無事終了。帰り、新橋駅の駅前広場で古本市をやっていて、知っていたら寄ったのに!京浜東北線の電車に乗った瞬間に古本市を発見、さすがに戻る元気はなかったですね

よろず支援拠点 全国研修会

よろず支援拠点
よろず支援拠点全国研修会が虎ノ門であり、参加してきました。
全国から”よろず支援拠点”のチーフコーディネータ、コーディネータ、事務局が参加し、全国本部からよろず支援拠点の方針や施策などの研修を2日間で行います。今回は大阪府よろず支援拠点から参加しています。
各都道府県別に席が固定で大阪府は前から3番目で寝るわけにはいきません。(笑)各団体から説明があるのですが、真面目な内容で途中で”笑い”をとりにいかないのは大阪では通用しませんなあ。(笑)
研修会が終わってから懇親会。各地のコーディネータらとの交流しましたが一番、遠方は沖縄県のチーフコーディネータでした。立食パーティですが、カレーがなかなかおいしかったです!

中之島図書館へ

中之島図書館
中之島図書館へ行ってきました。少し前まで耐震工事をしていたのですが、すっかりきれいになっていました。中之島公会堂のライトアップなど、夜の中之島はなかなかおシャレですねえ。
大阪中小企業診断士会では中之島図書館と提携して毎月第一水曜の夜と第三土曜の午後に経営相談会を開催しています。6月から今年度の経営相談がはじまるのですが、今日は新しく担当する窓口相談員向けのオリエンテーションを行いました。
この窓口相談事業を担当していますので、まあ世話役です。説明の後は、中之島図書館の職員の方に図書館の隅々まで案内してもらいました。建物自体が文化財ですから、なんとも重厚ですね。ちょうど山片蟠桃の特集をやっていて「夢の代」の写本が展示されていました。すごいな~あ!そうそう大阪には司馬遼太郎が提唱した山片蟠桃賞があります。

ED31型などが残る近江鉄道ミュージアム

近江鉄道
滋賀の私鉄と言えば近江鉄道。地元ではガチャコンと呼んでいます。電車が”がちゃこーん”、”がちゃこーん”と走るところから名づけられています。
西武・創業者である堤康次郎は滋賀県出身で、滋賀県に西武鉄道そのものは走っていませんがJRの駅前にはレオマークがついたバスやタクシーがよく停まっています。近江鉄道も西武グループの一員で車体は基本的に西武カラー。西武の古い車両も走っています。路線の一部が東海道新幹線の横を通っていますので運がよいと新幹線からガチャコンを見られます。
先日、彦根駅で佐和山城へ行くのに賑わっている彦根城側ではなく近江鉄道側に降りると、たくさんの電気機関車が並んでいました。見ると近江鉄道ミュージアムとあり、さっそく中へ。近江鉄道では「豊郷あかね」というキャラクターまであるんですね。ミュージアムの外には古い電車などをそのまま保存しています。昔懐かしい凸型のED31などがずらっと並んでいました。国鉄が東海道線電化開業時に輸入したED14型もありました。写真の右に映っているのはロコ1101形で、昔、阪和電気鉄道で走っていたそうです。

6次産業化の勉強

東松
久しぶりに三重県中小企業診断協会の研究会に参加。
アスト津で中小企業施策研究会。第1回は産地経営サポートの東松さんによる6次産業化の話。東松さんは兵庫県の6次産業化プランナーも担当しています。
六次産業化・地産地消法など農林水産省が所管の施策などについていろいろと教えていただきました。経済産業省系とはやはり微妙に制度設計などが異なるんですね。勉強になりました。

映画「繕い裁つ人」の舞台

平賀邸
先日、能勢にある山下城へ行く途中に見つけたのが川西市郷土館。山下城の資料でもないかなと入館しましたが、中は鉱山資料がメインでした。
能勢って鉱山が多かったんですね。銀銅山があり、昭和初期まで操業していました。銅の製錬を業としていた旧平安家住宅を中心に展示されていて、製錬ででてきたカスを捨てた谷などがありました。そんな郷土館の一角にあったのが旧平賀家住宅というなかなかお洒落な洋館。
中谷美紀さん主演の映画「繕い裁つ人」で、市江(中谷美紀)の祖母が始め市江が引き継いだ洋裁店として使われたそうです。ウーン、映画見ていないなあ。連続テレビ小説「マッサン」では、大阪編で登場し、政春とエリーが入居を断られた洋館としても使われたそうで、室内に撮影の様子などが展示されていました。

生國魂神社・御旅所

生國魂神社・御旅所
大阪府よろず支援拠点は上町台地の麓にあります。
上町台地の上にあるのが大坂城で、ここの一角に生國魂神社・御旅所があります。「いくくにたまじんじゃ」と呼びますが、めちゃくちゃ古い神社で、国の魂とあるように日本そのものを祭った神社。
天皇の即位儀礼の1つである八十島祭も生國魂神社で行われています。当時は上町台地の麓まで海で、遠くにはイザナミ、イザナギの国生み神話の元となった淡路島が見え、現在は島と言う地名で残っている枇杷島や柴島などがたくさんの島(八十島)が連なっていました。
戦国時代、石山本願寺を造った時もそのままでしたが秀吉が大坂城を造る時に天王寺に移転が命じられます。どこに元の神社があったかは分かりませんが、大阪城の外堀近くに御旅所が作られています。

至れり尽くせりの佐和山城

佐和山城
山城へ行くには事前準備が大変です。地図はもちろんのこと、城へ登る目印について記載された文章はないかを探します。直登しかないと書いてあると山道はあきらめるしかないですね。もちろん縄張図(曲輪や堀切の位置などを書いた地図)は必須です。
彦根にある佐和山城へ行ってきました。彦根駅からずっと登城口まで案内板があり、迷うことはありません。しかも登城口にはガイドがいて、山城マップを無料で配布しています。マップには縄張り図が写真入りで紹介され、いやあ至れり尽くせりの山城ですねえ。また山城で他の人に会うことはまずないのですが、さすがに佐和城!たくさんの人が登っていました。
■佐和山城
佐和山城は石田三成の城として有名ですが、もともとは浅井の方である磯野員昌の城で、信長が支配するようになってからは丹羽長秀が永らく城主を勤めていました。やがて石田三成が城主となり、失脚してからは佐和山城で家康との戦いを構想。上杉攻めの途中に佐和山城に立ち寄った大谷吉継を説得し関ヶ原の戦いを起こした話は有名です。
当時の落書には「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」とうたわれました。嶋左近は平群の出身で、近鉄生駒線の竜田川駅近くにある西宮城と山城である椿井城が嶋氏の城になっています。
関ヶ原の戦いで石田三成が敗れた後、井伊直政が佐和山城に入りました。来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の井伊直虎が育てたのが徳川四天王と言われた井伊直政です。新たに彦根城を築き佐和山城から移りますが、島津の敵中突破を阻止しようとして受けた傷がもとで亡くなってしまいます。

聖地巡礼

梅棹忠夫邸
知的生産の技術研究会・関西の世話人を29年ほどやっていますが、研究会を作るきっかけとなったのが梅棹忠夫先生が書かれた名著「知的生産の技術」(岩波新書)です。
というわけで本が書かれた家に聖地巡礼です。1949年に梅棹先生が北白川に家を買われ、ここでたくさんの著作が生まれました。執筆部屋には京大カードが並んでいたそうです。また金曜夜になると若い研究者や学生に開放されました。梅棹家に行けばタダでビールが飲めるということで多い時には20名近くが集まり、朝まで議論していました。これが有名な”梅棹サロン”でまさに梁山泊です。若き本多勝一氏、石毛直道氏、小松左京氏らがたむろしていました。
梅棹先生が国立民族学博物館の仕事をするために千里のマンションに移ってからは荒れていたのですが、次男の梅棹マヤオ氏がギャラリーとして復活しています。当時、今のような住宅地ではなく周りは田んぼだらけだったそうで、梅棹サロンに参加する人の靴で玄関は一杯。それを長い棒でかき回してグチャグチャにし遊んでいたそうです。家にあった蔵書は梅棹マヤオ氏が国立民族博物館までアルバイトで運んだそうですが、とてつもない量だったそうです。