マナカ解約

ナナちゃん
名古屋市地下鉄や名鉄に乗る時に便利なのがICカード「マナカ」。
マナカで公共交通機関に乗ると翌月に10%以上のポイントが還元されて、このポイントで電車に乗ることができます。つまりICカードを使うと10%オフで電車に乗れます。
ただし、ポイント還元は自動ではなく、駅の自動販売機を使って自分で行わなければなりません。なかにはポイント(有効期限があります)があることを知らない人もいて、ポイントを失効してしまい、奥さんに「何やってんの!もったいない」と怒られる、ご主人が、ままいます。
ピタパも割引になりますので、大阪人としては関西と近鉄ではピタパ、名古屋ではマナカを使いこなしておりました。ただ4月以降、名古屋で乗る機会が減るので、今日、マナカを解約してデポジット分の500円を返してもらいました。
ピタパは後払いしか使っておらず、先払い用にイコカを持っているんですが、イコカも割引してくれないかなあ。近鉄名古屋駅近くのナナちゃんは卒業式スタイルになっていました。

柴田勝家が生まれた下社城

下社城
織田信長の宿老である柴田勝家。
映画やドラマでは必ず出てきて、直情で猪突猛進な姿で描かれます。最後は秀吉と対立し、賤ヶ岳の戦いでは前田利家の裏切りにより敗退。しかし恨みがましいことを利家には言わず、北の庄城でお市の方と共に自刃します。その柴田勝家が生まれたのが下社城。
名古屋地下鉄・東西線の上社駅を降りて、高級住宅街などを抜け、20分ほど歩くと明徳寺があり、かなりの高台になっています。城の遺構は残っていませんが柴田勝家の生まれた下社城跡です。寺からは周囲がよく見え城跡ということがよく分かります。勝家は織田信秀(信長のお父さん)の家臣でしたが、信秀が亡くなると織田信行(信長の兄弟)の家老となります。
織田信秀が最後に住んだ末森城は信行が継承しました。勝家の下社城(上社駅)から末森城(本山駅)までは4駅と近いので、勝家は下社城から末森城まで通っていたのでしょう。やがて信行は信長と対立して自刃することになります。
勝家は信長に仕えることになりますが、信長の清州城は名古屋駅の向こうですので、この時は清洲の屋敷に住んでいたのでしょう。上社駅近くには上社城跡、一色城跡などが残っています。今は2つとも寺になっています。

味ご飯って三重弁だったの

味ご飯
中部地方なのか、近畿地方なのか、よく分からないのが三重県。
そんな三重県について取り上げた本が「三重県のおきて」です。三重県のエリートコースは三重大学を出て、県庁か百五銀行に入ることだという笑える話も掲載されています。
三重県はイオンの発祥地でもあるので、今でもイオンと言わずジャスコと確かに言っていますね。さすがに元々の名前である岡田屋とは言いません。
三重弁も掲載されていて「机をつる」、「ゴミほり」は今でもよく使っています。「机をつる」とは机を運ぶこと、「ゴミほり」はゴミを捨てることです。
驚いたのが「味ご飯」。これって方言だったんですね。味ご飯とはいわゆる炊き込みご飯のことです。ふつうの白いご飯はその味がついていませんが、炊き込みご飯には味がつくので、しごくまっとうな呼び名なんですがねえ。そういえば大阪では聞きませんね。
炊き込みご飯を「かやくご飯」とも言いますが、これは加薬で、漢方薬の効果を高めるための補助的な薬をつけることが転じ、ご飯に具材を加えることから「加薬ご飯」というようになったそうです。

名古屋市新事業支援センターの送別会

dokidoki_s
吹上駅近くにある「九州男児のうまいもん OkiDoki吹上店」で2014年度の打上と送別会。
送別会の主賓は私です。(笑)
名古屋市新事業支援センターという都道府県等中小企業支援センターで小規模企業担当マネージャーを3年間つとめていましたが、この3月末で退任。3年前に名古屋市が小規模企業予算(窓口相談や専門家派遣など)をつけて、窓口相談のマネージャーを募集していたので応募し、ご縁があり3年間、マネージャを担当しました。役所の予算は3年が基本ですので、今年度で予算が切れ、終了です。
新事業支援という名前がついているので他の支援機関に比べ、創業相談が多かったのが特徴です。創業では基本的に銀行はお金を貸しませんので、融資を頼むのは日本政策金融公庫(創業融資)。融資が通りやすいように事業計画書のブラッシュアップのお手伝いを行い、開業に結びついた事業者も多いので、少しは名古屋市の活性化に寄与できたでしょう。関係者の皆さま、3年間たいへんお世話になりました。

3月だというのに雪

紀勢道路
奈良のお水取りも始まったし、先週は暖かかったので、そろそろコートをクリーニングに出そうかと思ったら、今日は雪。
三重県産業支援センターで窓口相談が1件終わった後、紀伊長島の企業へ相談に行ってくれと言われていたので支援センターの車に同乗して出発。津は少し雪がちらつく程度で晴れ間も出ていましたが、津から松阪から尾鷲方面に南下するに従って吹雪のような状態に。
奥伊勢パーキングエリアで昼飯を食べていたら、ますます雪がひどくなり、なんで「南に行くのに雪が降るの!」とぼやきながら進んでいくと紀伊長島は晴れていました。
相談の帰り道、また三瀬谷あたりから雪がひどくなり、3月だというのに銀世界を楽しめました。これはラッキー。気温がもう少し低かったら雪で道路が凍結し、紀勢道路は通行止めになるところでした。

茅ヶ崎城跡

茅ヶ崎城
新横浜駅から地下鉄ブルーラインに乗ると、北新横浜駅を過ぎたあたりから地上に出て4つ目の駅がセンター南駅。センター南駅の東側にこんもりとした森が見えますが、ここが茅ヶ崎城跡。今は城址公園になっていて、近くの交差点の名前も茅ヶ崎城址入口になっています。
入口は北側に2ケ所あり、空堀、郭、土塁などが良好な状態で残っています。要所要所には丁寧な説明看板があり、これだけ整備されているのは、すごいですね。山城といえば藪をかきわけ、かきわけ土塁の中に入り、どうやらここらへんが主郭のようだと探しまわるのが定番ですが、茅ヶ崎城では看板で一目瞭然です。
城を造ったのは誰か分かりませんが、室町時代に相模・南武蔵を支配した上杉氏、その後を支配した後北条氏が関わっていたのは間違いないようです。小机城とは3.5km離れており、櫓から小机城が見えるので、小机城と一体で運用されたのでしょう。郭は西郭、北郭、中郭、東郭があり、帯郭も残っています。城址跡は公園になっていますので中郭ではキャッチボールや散歩している人がいましたが、城巡りをしている人はいませんでしたね。もったいないなあ。
写真の左側は中郭の土塁で真ん中の道が堀跡です。右の土塁が西郭になります。
横浜の古い地名は武蔵国都筑郡で、戦国時代は44の城がありましたが、遺構が確認されているのが寺尾城・茅ヶ崎城・小机城・篠原城の4城。とりあえず茅ヶ崎城・小机城・篠原城の3城を巡ることができました。

モバイルフレンドリー!20年前にスマホはなかった!

モバイルフレンドリー
Googleウェブマスターツールというサイト運営者用サイトに登録しておくと、Googleからサイトの不具合など、いろいろなメッセージが届きます。最近、届いたのがサイトがモバイルフレドリーじゃないというメッセージ。
要はサイトを見るのにパソコンではOKだけど、スマホやタブレットで見るにはダメよという話。
そんなこと言ってもホームページを作りはじめた1995年にはスマホなんか、ありませんでした。(iPhone誕生は2007年)当時はホームページビルダーなど制作ソフトもなく、数冊出ていたHTMLの本を買ってきて、ひたすらHTMLを手打ちしてホームページを作成した時代です。ですので、20年間、ずっと手打ちでホームページを作っています(笑)
ブログ以外に作っているホームページが4つあり、モバイルフレンドリーテストをやってみましたが、4つ共、全滅でした。MovableTypeやWordPressで作っているブログはモバイルフレンドリーでOKでした。
スマホでホームページを見るなんて20年前は予測できず、ほっとけばいいのですが、検索順位が落ちますよとGoogleがおどしてくるので(笑)、まずは「水谷IT支援事務所」ホームページをWordPressで作りなおそうと、せこせこと格闘中です。
でも4つのサイトを作り直すのは大変だな~あ。どないしよかなあ。

3Dプリンターとデジタルファブリケーション 講座終了

3Dプリンターとデジタルファブリケーション
オンライン大学講座Gacco講座No25「3Dプリンタとデジタルファブリケーション」の4週にわたる講座が終了。最終課題の提出が終わりました。
講師は慶應義塾大学 環境情報学部の田中浩也准教授。技術的な話が多いのかなと思っていたら、技術的な話よりも、デジタルファブリケーションに関わっている人たちはどんなことをしているのか等の話が多く、とっても面白かったですね。
人間が他の動物と違うのは「モノを作る動物(ホモ・ファーベル)」であると言われ、映画「2001年宇宙の旅」の冒頭でも道具を手にする印象的なシーンが出てきますが、デジタルファブリケーションによって一人一人がモノを作るメーカーとなり、人間にとっての原点回帰になっています。ただし製造物責任法などの、普通の人がメーカーになることでの社会規範の整備などが必要になってくることが、よく分かる講座でした。
でもオンライン講座なので飲みながら受講できるのが一番ですね。(笑)

桑名商工会議所で個別相談会

桑名
先日、桑名商工会議所で補助金に関するセミナーをしたのですが、今日はその後編で会員向け個別相談会。
ちょうど持続化補助金と「ものづくり補助金」が募集中ですので、相談はそれぞれの補助金が半々でした。応募書類を既に書きあげて、ブラッシュアップの相談にのる企業もあれば、とりあえず補助金が使えるかどうか、やりたいことをヒアリングする企業まで様々でした。
皆さん、販路開拓やら新しい商品を作り出すためにいろいろなことを考えているんですね。

簡単にホームページが作れるJimdo

駒井健夫
昨夜は堺筋本町にある大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西のセミナー。
「簡単にホームページが作れる Jimdo
 ~機能説明から活用事例まで~
Jimdo Japan カントリーマネージャーがご紹介」
というセミナーで講師は株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ Jimdo Japan カントリーマネージャーの駒井 健生氏。
1980年生まれの、なかなかのイケメンです。東京の麹町が拠点で、わざわざ大阪までお越しいただいてお話いただきました。
Jimdoの紹介だけでなく、そもそもホームページは何のために作るのかという基本からお話してもらい、とっても分かりやすい内容。Jimdoはドイツ生まれのツールで全世界で1200万ほどのサイトが生まれ、2009年3月にスタートした日本では85~90万のサイトが生まれています。
事業者からホームページを作りたいという相談があるとJimdoをすすめていますが、色々と技があるんですね。簡単にFlashのような画像を流すことができたり、ページをまたがったコピーなど、とても役立つお話をうかがえました。
Jimdoの開発はドイツで行っていますが、日本では駒井氏を中心に運用、ローカライズ、販促全般を担当しているそうです。コミュニケーションは基本、ドイツ語ではなく英語だそうです。