トーマスクック破綻

小田実
小田実

トーマスクック破綻によって旅行中のチケットが無効になるなど、「てるみくらぶ」破綻のような混乱が世界で広がっています。

■赤い表紙が印象的だったトーマスクック時刻表
今から40年ほど前、流行っていたのが小田実の「なんでも見てやろう」、五木寛之の「青年は荒野をめざす」など。感化される若者が多く、私も大学卒業前にバックパックを持ってヨーロッパを巡っていました。ロンドン入国とローマ出国の航空券だけ予約して、あとはノープラン。

「ユーレイルパス」というヨーロッパの鉄道を何度でも利用できるパスがあり、これと「トーマスクック時刻表」、「地球の歩き方」を持って、列車を乗り継いで旅をします。あの頃は若かったな~あ(笑)。あのお世話になったトーマスクックが破綻したんですねえ。

なぜか映画「ベニスに死す」の舞台であるリド島で同じく旅行中の日本人学生と「これから就職だな~あ」なんて話をしたのをいまだに覚えています。無事に就職し、月日が流れ
知的生産の技術研究会・関西で「なんでも見てやろう」の著者である小田実さんにセミナーをしてもらった時には感激しましたね。「難死の思想」が講演テーマでした。

30年ぶりの同期会

E-ma
E-ma

大学を卒業して入社した会社がSRA。独立系IT企業で当時はいち早くUNIXを導入したことで有名で社内にはVAXなどが並んでいました。私は10年ほど勤めて転職しちゃったのですが、当時の同期が定年を迎える歳になったということで同期会があり、参加してきました。

連絡がつかない同期もいて、結局、集まったのは4名。「うおまんE-ma梅田店」で昼から宴会してきました。30年ぶりに会う同期もいて懐かしいですね。定年なんで雇用延長などが話題になっていて、知らない間にそんな歳になってしまったんですねえ。皆さん歳をとっていました。人のことは言えませんが(笑)。

IT企業なんでC#言語なども話題に出ていました。勤めていた頃、SRAはこじんまりとした会社でしたが、その後、店頭上場し、今はSRAホールディングスとして東証一部に上場しています。本格的なプログラミングなんて久しくしていませんね。せいぜいJavaScriptぐらいですねえ。

またやってしまった!

「人間は考える葦である。」と、かのパスカルも言っている。そうだ、考えないといけない!

前回、大阪万博のテーマも「人類の進歩と調和」だった。やはり進歩あるのみ。同じ本をダブって買って落ち込んでいるだけではダメだ。しっかり奥付で発行日を確認し、今まで読んだ本の記憶を総動員して、ダブりをなくさないと!

と気持ちも新たに書店を巡ると「地形と地理で解決 江戸時代の秘密56」(洋泉社新書)を発見。パラパラと見るとカラーで分かりやすく江戸時代の話が紹介されています。奥付を確認すると2019年7月10日初版発行とありました。買ってツン読状態になっている本の中にもないはず、これは買っていない!絶対に大丈夫、買いだ!

ということで読み進めると、あれ、この話は知っているぞという箇所が...まさか。

本の”はじめに”を読むと「なぜ、地形と地理がわかると江戸時代がこんなに面白くなるのか」が好評だったので地図をカラーに変えて、新たに6項目を増やしたとありました。今まで読んだ本は記録してあるので確認すると、やっぱり買ってました(泣)。

ウ~ン、本の題名を変えないでよ!

またやってしまった!

また、やってしまった!

書店で書籍を手に取り念には念を入れて内容を確認し、よし大丈夫!読んでいない!と購入。

最後まで読み切り、面白かった!と思って読んだことを記録しようとしたら4年前にしっかり読んでいた!

さすがに同じ本を3冊も買うことはなくなりましたが、ダブリはあいかわらず多いですねえ。全部あわせたら、かなりの金額でしょう。キンドルなら同じ本を買おうとすると警告してくれますが、電子書籍は読んだ気にならないので、せっかくのキンドルもツン読のどっかに紛れてしまって、久しくお目にかかっていません。

平成最初の日

平成元年
平成元年

平成がスタートしたのは1989年1月8日(日)。昭和天皇の崩御をうけて翌日にスタートしました。 

ちょうどSRAというITベンダーでプログラマーやシステムエンジニアをやっていた時期で、あの頃は若かったな~あ(笑)。知的生産の技術研究会・関西は1987年9月スタートなんで昭和に始めていたんですなあ。平成よりも長いんだ~あ。 

当時の新聞がとってあったので平成がスタートした日の記事を見るとリクルートコスモス株事件の報道が載っていました。あとは自粛ムードが拡がる昭和最後の日の記事が多いですねえ。大阪はちょうど”えべっさん”が始まる時期で宝恵かご行列が中止になったと報道されています。”400年の歴史 佐渡金山に幕”という記事もありました。

宇宙英雄ローダンシリーズ

日経新聞の関西版に山中伸弥教授の記事が掲載されていました。

安藤忠雄氏が子供向け図書施設「こども本の森 中之島」を作っていて、趣旨に賛同する各界の著名人に、感銘を受けた本について紙面で紹介するコーナーです。

山中伸弥教授ですが枚岡生まれで小学校3年までは額田駅のすぐ近くにある枚岡東小学校に通っていました。ウチのすぐ近くです。

その後、奈良に転校することになりますが、この頃の山中伸弥教授の愛読書がSF小説で「宇宙英雄ローダンシリーズ」。ドイツでリレー形式で書かれている小説で、始まったのが1961年、今も刊行が続いています。日本では1971年からハヤカワSF文庫として翻訳本が出ています。こちらもいまだに続いていて本屋で見かけます。

私もずっと読んでいたんですが100巻ぐらいでさすがにリタイア。上新庄にあった古本屋さんに売ろうと思ったらローダンシリーズは売れないからと買取を拒否された思い出があります。

閑話休題

積ん読をせっせと消化しようと読書にいそしんでいますが、閑話休題に「あだしごとはさしおき」とルビがふってありました。

閑話休題とは話を本筋に戻すときに用いる言葉です。そういえばNHKの人形劇「新・八犬伝」で黒子の格好をした坂本九さんが、よくこの言葉を使っていました。

「かんわきゅうだい」以外の読み方があるんだと思って調べてみると、「他し事(あだしごと)はさておき」とも読むそうです。他し事とは余事のことです。「それはさておき」とルビをふることもあるそうで、なかなか奥深いですなあ。

Tsundoku(積ん読)

Tsundoku(積ん読)

積ん読とは書物を読まずに積んでおくことで、『つんでおく』とドク(読)とをかけた洒落になっています。

毎日新聞の夕刊を読んでいたら、このTsundoku(積ん読)がイギリスBBCのウェブサイトに紹介されているそうです。タイトルは「Tsundoku:本を買い、それを決して読まないということ」だそうで(笑)。

海外では本のコレクションをする人は多く、こちらはビブリオマニア(蔵書癖)と呼ばれます。そこで、「コレクションを作る意思があるのがビブリオマニア。本を読もうとして、結果的にコレクションを作ってしまうのがTsundoku」と紹介されています。英語には積ん読にピッタリとした言葉がなく、日本語のTsundokuが国際語になっているそうです。へ~え。

気がつかない間に我が家の積ん読の山がもう1本増えてしまっており、さすがにそろそろなんとかせねば!

本を買う

ツン読
「こりゃ、面白そうだな!」と本を買って帰ったら、同じ本が既に2冊あった経験はありませんか?
1冊は読んだ形跡があり、もう1冊はツン読の山に埋もれていました。そこにさらに、もう1冊です。2冊ダブルことはよくありますが、さすがに3冊は、へこみましたので、それ以来、本の奥付を見て発行から1ケ月以上経過している本は、衝動買いせず確認してから買うようにしています。
特にツン読に埋もれている本が危ない。まだ読んでいないので記憶にもなく同じ本を買ってしまうことになります。「ツン読を無くしてから本を買えばよい」という、まっとうなご意見は、行動経済学的にムリな話です。
■教訓:1ケ月以上前に発行された本はツン読にある!
さて「学校では教えてくれない戦国史の授業」を文庫の新刊で見つけツン読へ。先日、思い出して読み始めると、これがなかなか面白い。信長が行った有名な安土宗論(浄土宗と法華宗の宗論)では、浄土宗の僧侶が質問した「方座第四の”妙”の一字を捨てるか、捨てざるか」に法華宗が答えられず浄土宗の勝ちとなります。
従来、浄土宗側が訳の分からないことを持ち出し、それで勝ちを認めたのは信長の八百長ではという説が有力でした。ところが実は方座第四の”妙”はあったという法華宗の宗教学者の説が紹介されており、ここまで読んだ時に
「あれ~え、これってどっかで読んだな~あ!」
実は単行本で既に出ていた本で、これが文庫化されました。記録を見るとしっかり単行本を読んでいました。というわけで新たな教訓です。
■教訓:単行本を文庫にした新刊は要注意!

新村猛と広辞苑

今朝、日経新聞朝刊の文化欄に載っていたのが広辞苑の父である新村出。”にいむら”ではなく”しんむら”と読みます。昭和10年に出た辞苑の改訂作業を続け、太平洋戦争で中断もありましたが校正刷りが戦火を生き残り、昭和30年に広辞苑が出ました。これが大ヒットします。
新村出ともに次男でフランス文学者の新村猛が辞書編纂を手伝います。太平洋戦争が終わった後、世界市民の育成をめざしできたのが京都人文学園。この初代園長が新村猛です。主に京都大学の講師陣が教育に関わり、羽仁五郎の自由学園の影響もあって、生徒自治、無試験、無規則、無処罰と革新的な教育をしていました。この京都人文学がめぐりめぐって関西文理学園となります。
昔、関西文理学園が運営する専門学校で働いた時期があり、本部に京都人文学園の設立趣意書などが残っていました。新村猛の名前を見た時には、”エッー、あの広辞苑の新村猛!”と驚いたものです。