出世払い(三つ丸餅)

藤堂高虎が慶長13年(1608)に伊予今治から伊賀国・伊勢国に転封となって、津城主になって400年ということで、津のそこかしこに入府400年の旗指物がひるがえっています。

藤堂高虎を崇拝する東郷平八郎がバルチック艦隊を破った後、1905年10月13日に連合艦隊を率いて津を訪れています。これは水軍司令で有名な高虎が津へ入国する故事を再現したパフォーマンスだったそうです。

入府400年の旗指物ですが、藤堂家が使っていた旗指物(三つ丸餅)になっています。これには逸話があり、浅井家から出奔した高虎が諸国を放浪していた時、三河で路銀が尽きてしまいました。

空腹に耐えきれず入った餅屋で無銭飲食をしてしまいましたが、主人は笑って許してくれ、路銀まで恵んでくれました。この恩を忘れないため、旗指物が餅になりました。「城持ち」になるという意味もこめられています。

その後、大名として江戸へ向う高虎が三河の餅屋の前で行列を止め、この時の恩に報いた話が浪曲・講談の「出世払い」で有名です。藤堂家では、その後も必ず餅屋で休息して餅を食べるという慣例ができたそうです。

足神さん

今日は伊勢商工会議所で創業相談。

最寄駅の伊勢市駅の改札を出ると、あたり一面、野口みずきののぼりばかり。商店街も同様でした。

伊勢神宮・内宮の駐車場のすぐ近くに宇治神社があります。別名が足神さんで、アスリートがお参りする神社として有名ですが、地元の人しか知りませんね。いつ行っても閑散としています。

地元のテレビを見ていたら、野口みずきのお母さんらが足が治るように足神さんにお参りするシーンが映っていましたが、ダメでしたねえ。

神田、神田、神田

♪肩で風切る学生さんに、ジャズが音頭とる神田、神田、神田

と昔、オールナイトニッポンでタモリがよく「神田小唄」を流していましたが、神田に泊っています。

そうそう初めて神保町へ行こうと思った時、神田・神保町なので、神田駅で降りて古本屋街を探し回りました。まさかお茶の水駅が最寄り駅とは当時は考えませんでしたねえ。ありゃ、名前を変えないと!

さて神田です。この週末も先週に引き続き両国で研修で、今回は水天宮ではなく神田のビジネスホテルに泊っています。ここは地下に大浴場があり、ゆったりできるのがいいですね。

せっかくの東京なんで外へ飲みに行きたいところなんですが、原稿をかたずけないといけないのでホテルで缶ビールを片手にひたすらパソコンにむかっています。(泣)

昨日は北京オリンピックの開会式を見てしまったしなあ、あ~あ!

討ち入りでござる!

金、土、日と東京・両国で研修。

木曜の夜、東京に着いた頃は涼しく、さすがに東の地だなと思ったのですが、週末になると大阪と変わらない暑さでした。

日曜の研修が少し早い目に終わったので両国を散策。江戸東京博物館や国技館があるのは知っていましたが、忠臣蔵の舞台となった吉良邸がすぐ近くに あるとは知りませんでした。吉良邸の広い敷地のちょうど井戸のあったあたりが小さな公園になって残っています。中には稲荷神社がありました。ここから泉岳 寺というと、けっこうな距離ですね。

そういえば土、日と中小企業診断士の1次試験がちょうど開催されておりました。

受験されたおのおの方、本懐は遂げられましたか?

隅田川散策

研修初日が終わった後は、新橋へ出て、古いパソコン通信時代からの知り合いの飲み会へ。 中華料理でしたが一口餃子がおいしかったですね。そのまま別の宴会になだれこみました。紹興酒やらなんやらよく飲みましたね。ホテルに帰ってバタンキューでした。

研修2日目、少し早い目に終わったので研修会場の両国で研修仲間と飲み会に
飲み会終了後、酔い覚ましに両国から水天宮まで隅田川沿いを歩きました。上空の曇り空に飛行船が移り、カラフルな橋の照明の下を色鮮やかな屋形船が行きかいます。なかなか風情がありますね。 (大阪は東京ほど屋形船が行き交っていません)

東京のホテルでメール設定

夕方、津からJR「快速みえ」で名古屋へ出て、新幹線で東京へ出てきました。

パソコンをWindows Vistaに買い換え、届いたのが昨日で、そのパソコンを持って東京のホテルに入りました。箱から取り出したばかりです。さっそくホテルでメール設定や初期設定をしております。

Vistaは使いにくいですね。なにもXPからこんなにインタフェースを変えなくてもいいのに!

さて金、土、日と東京でみっちりと研修です。

尾鷲は今日も雨だったあ

大阪から近鉄、JRを乗り継いで三重県の南にある相賀駅へ

相賀は尾鷲から一つ名古屋よりの駅で無人駅です。私の他は誰も降りないなと思ったら青春18切符を持ったリュック姿のおじさんが降りました。この駅からちょっと行ったところが熊野古道の一つである馬越峠があるので、それを登るのかなあ。

さて相賀と尾鷲の企業さんを回って、最後に「熊野古道センター」を見てきました。尾鷲ヒノキの産地ですので、ふんだんに木を使った建物ですね。中は熊野古道の展示になっていました。

ちょうど夏の企画展「熊野の匠たち―その手に業あり―」をやっており、尾鷲や熊野の地域資源が紹介されていました。さて朝は晴れていて暑かったのですが、日本で屋久島についで雨の多い尾鷲ですので、雷が鳴り始め、大雨に。

ちょうど熊野古道センターから松阪駅に向かう長距離バスがありましたので、これ幸いとバスに乗って帰ってきました。尾鷲から松阪まで2時間半かけて、ひたすら峠を越えていくバスです。観光バス仕様で、ウトウトできるのが最適ですね。

日本最初の宗教戦争の地(蘇我VS物部)

からAllAboutのガイド記事を作成。昼過ぎに終わったので炎天下の中、自転車に乗って八尾の町を散策に。

JR八尾駅近くに大聖勝軍寺があります。国道25号線に入口がある寺で、境内に入ると「聖徳太子古戦場」の碑がありました。ここが日本書紀に出てくる廃仏派の物部守屋と崇仏派の蘇我馬子&聖徳太子が戦った稲城の跡です。

最初は物部守屋が優勢で、そこで聖徳太子がヌリデの木を切り取り、四天王の像を作り、「敵に勝つことができたら四天王のために寺塔を建てよう」と 誓ったことで形勢が逆転。迹見赤檮が気の登っていた物部守屋を討ち取りました。山岸涼子の「日出づる処の天子」というコミックがありましたなあ。

戦いの後、聖徳太子が作ったのが四天王寺です。この寺を作った宮大工の後裔が金剛組という会社で、世界で最も歴史の古い会社です。

大聖勝軍寺ですが中は普通のお寺で、境内の入口に物部守屋の首を洗ったという守屋池があります。ただ水は入っていませんでした。

ワインの湯

今日も朝から暑い!
布団干しと掃除をして、送らないといけない原稿を書いていたらもう昼過ぎ。ようやく原稿が終わったので、家のすぐ隣にある「八尾おゆば」へ出かけてきました。
いわゆるスーパー銭湯ですが、ちょっとこじんまりしています。それでも土日の夕方から夜にかけては、かなり混みます。でも15時頃に行くとすいていますね。
まずは露天風呂へつかって、次にうたた寝の湯で寝転がってリフレッシュ。ジェットバスに入った後に日替わりで変わる温泉に入ると、今日は「ワイン湯」でした。
色は確かにワイン色ですが、香りはワインの匂いはしませんでしたね。さて風呂からあがって売店で生ビールを!至福の一時ですなあ。

夏越の祓(なごしのはらえ)

夕方、津城近くの高山神社へ出かけてきました。

もう今年も半分が過ぎ、今日は各地の神社で夏越の祓(なごしのはらえ)が行われています。

境内に大きな茅の輪(ちのわ)が作られ、この輪の中を左まわり、右まわり、左まわりと八の字にまわって穢れを祓うものです。

今日はひょっとしたら行けないかもしれないと思い、先週土曜日に大学へ行った時に近くの岩屋神社へ寄ってきました。ここは入口に茅の輪があり、説明によると左足から入って参拝し、出るときは右足から出ると書いてありました。神社によっていろいろあるんですね。

さあて、下半期もがんばらねば!