ファイティング・コンサルタンツ研究会 2012年8月

ファイティングコンサルタンツ研究会
昨日は中百舌鳥でファイティング・コンサルタンツ研究会。
ファイティング・コンサルタンツ研究会は2002年に設立された中小企業診断士のグループ。当初はコンサルティングファーム(コンサルティング専業会社)作りを目指していた研究会です。創設メンバーではないのですが、最初の頃に誘われて大阪駅前ビルで行っていた研究会にちょいちょい顔を出していました。当時はメンバーが10名ほどいて、毎回熱い議論をしていました。
研究会を続けているうちに、だんだん方向性が変わり、またメンバーも変わって、谷町四丁目のエンクルを根城にしていた頃は自社の銀行格付け業務など事業を行う方にシフト。
天満橋の会計事務所を根城にしていた頃は、中小企業診断士の実務ポイントを取得支援をする事業をやっていました。谷四の頃から、研究会よりも終わってからの飲み会の方が長くなる傾向になっていきます。
最近は中百舌鳥にあるセレソヴイー株式会社が根城になっています。昨日、集まったメンバーは4名。まあ、10年以上、よく続いていますなあ。あいかわらず研究会の時間と飲み会の時間が変わらない状況が続いています(笑)

お伊勢さんへ

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    午後、伊勢商工会議所で窓口相談だったので、お昼に商工会議所近くにある外宮へ寄ってきました。昨年ほどではありませんが、参拝客は多いですね。新旧の社殿が並んでいるのは、この時期だけです。 

    間違えている人も多いのですが、伊勢神宮は日本人の総氏神的な存在ですので、正宮では個人的なお願いをせず、その代りに日頃の感謝を神様に伝えます。個人的なお願いは同じ神様の荒魂(あらみたま)が祀られている多賀宮(内宮は荒祭宮)にお参りします。 

    荒魂ですので正宮の遷御が行われると、すぐに多賀宮の遷御が行われます。外宮には多賀宮の他に土宮、風宮がありますが、まだ遷御は行われておらず古い社殿になっています。11月~12月に遷御が行われます。 

    この伊勢神宮ですが垂仁天皇の時代に、豊鋤入姫や倭姫が今の伊勢の地に定めたということですが、実在が確認できる斎王は天武天皇の皇女・大来皇女からです。ただ雄略天皇の時代には祭祀が既に行われていて祭祀遺跡が外宮、内宮の双方から出土しています。 

    内宮は荒祭宮、近くから出土しており、どうも荒祭宮を中心に内宮全体が造られたようですね。外宮・多賀宮もえらい高台にあり、なかなか不思議な位置関係です。

吹上の郡道をゼロ戦が通る

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    映画「風立ちぬ」で、名古屋港にあった三菱重工業株式会社・名古屋航空機製作所から牛車でゼロ戦を岐阜県の各務原飛行場まで運ぶシーンが出てきますが、名古屋市新事業支援センターがある吹上を通る郡道をゼロ戦が通っていたんですね。 

    郡道というのは明治42年に完成した道路で、愛知郡内の村々を結ぶ主要道として整備されました。大正期には愛知郡内に49本もの郡道がありましたが、都市化などによってどんどん消えていきます。吹上を通る道は今だに郡道と呼ばれ、飯田街道の古井ノ坂交差点から東海道の呼続を結んでいます。 

    郡道といっても幅3メートルほどの狭い道で吹上では100メートル道路に分断されています。郡道の両側には商店が並んでいましたが、だいぶ少なくなり吹上あたりでは吹上八幡社の写真にある吹上観音(吹上にあった古墳を祭る)の前を通って名古屋工業大学のキャンパス横をずっと通っていきます。 

    ここが昔の幹線道路でゼロ戦が通っていたとは誰も思わないでしょうね。ゼロ戦の輸送にはトラックも使ったのですが道路状況が悪く、機体が破損したりしたので牛車が使われるようになりました。

幸運巻寿司(恵方巻)

makisusi20140203.jpg本日は節分。 

豆まきは昔から行われていましたが、今は恵方巻も全国的に行われています。発祥の地である大阪では丸かぶり寿司などと呼んでいましたが平成10年にセブン・イレブンが全国発売した時に恵方巻という名前をつけたため、恵方巻が全国的に浸透しました。 

発祥は諸説あるようですが江戸末期に大阪の商人の間で行われていたようです。一時廃れていたようですが、いろいろな組合が需要創造になるのでがんばってPRし、関西の風習として定着していきました。まさにドラッカーの顧客創造です。 

写真は戦争直前の昭和15年に大阪鮓商組合後援会が発行していたチラシ(当時の価格は1本20銭)だいぶ前に大阪歴史博物館に展示されていました。 

「幸運巻寿司 節分の日に丸かぶり」 
巳の日に巳寿司と云うてお寿司を食べるように毎年節分の日にその年の恵方に向かって巻寿司の丸かぶりすると大変幸運に恵まれるという習しが昔から行事の一つになっていて年々盛になっています。 
お得意様にも一家揃うて御試食願い本年の幸運をとり逃さぬようお勧め申上げます。 

昭和十五年 節分 2月4日 恵方 西(申酉の間) 
幸運巻寿司 1本 金廿銭(20銭) 

「すごプレ」魅せるPowerPointビジネスプレゼン

tiken201410.jpg昨夜は知的生産の技術研究会1月セミナー。Microsoft MVP AwardのPowerPoint部門を2011年より4年連続受賞されている河合浩之さんに「すごプレ」についてセミナーいただきました。

PowerPointを使ったプレゼンはビジネスの世界では必須ですが、箇条書きのようnスライドばかり。見ている時は分かった気になりますが、次のスライドに行った時には、もう忘れています。

印象は記憶に残りますが、プレゼンターがしゃべったことなどは記憶に残りません。そこで目指すのは記憶に焼き付き人を動かすプレゼン。

悪いプレゼンとよいプレゼンの対比など分かりやすく、たくさんのプレゼンの技を教えてもらいました。さっそくセミナーで活用しなくては!

高速道路が通るビルで研修

osaka20140127.jpg大阪の福島近くにある高速道路が通るビルで研修。いつ見てもシュールですね。 

認定支援機関向け経営改善・事業再生の研修で、今回は実践力向上編(2日間コース)を受講中。全国各地で行われた研修も、この大阪の研修で、すべて終了だそうです。 

【経営改善・事業再生研修】 
・基礎編(2日間) 
・実践力向上編(2日間) 
・個別分野コース 経営改善等計画策定演習(1日) 
・個別分野コース 計画策定後のフォローアップ等(1日) 

とりあえず「個別分野コース 計画策定後のフォローアップ等」以外はすべて受講。講師は監査法人トーマツで、受講料は無料です。 

いずれの研修も事業がうまくいっておらず負債が多い企業をケースに、グループで討論しながら課題をこなしていくスタイルです。今回のグループは5人で税理士さん3名(内2名はTKC)、金融機関(地銀)、中小企業診断士(1名)という構成です。さあ、明日もがんばろう! 

若戎酒造

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    青山町の初瀬街道沿いにあるのが若戎酒造 

    城巡りのついでに寄ってきました。冬なので加熱処理していない生の瓶詰の「しぼりたて」シーズン。お店に行ったら純米吟醸の「しぼりたて」がありました。本当は純米に「しぼりたて」がいいのですが、若戎は純米吟醸しか作っていません。とってもフルーティーな味。 

    若戎酒造は嘉永6年(1853年)創業。黒船来航で騒然とする幕末に酒造りをはじめ、昨年、創業160周年でした。創業時の当主が義左衛門という名前から酒銘が義左衛門になっています。 

    江戸時代、上方では福の神「えびす」の像が刷られた、若戎と呼ばれるお札を元旦から売る風習がありました。元旦になると早朝から「わかえびす、わかえびす」とえびす売り声が響き、新年の朝一番から福を招き入れようと、お札を買い求めました。ここから若戎という名前をつけたそうです。1月に飲むには縁起がよいお酒です。 

    近くには江戸時代に勧請された「えびす神社」もあり、商売繁盛をお願いしてきました。

桐ケ谷城 三重県・青山町

horagatani201401.jpg青山町駅の北側に城氏城がありますが南側にあるのが桐ケ谷城。 

桐ケ谷城も青山町駅のホームから見えていて、鉄塔が建っている山です。坂を登り、山に着いたら道なきヤブの中を登っていきますが城氏城ほど急ではありません。ですがスーツ姿で登るのはあまり、おすすめしません、(笑) 

頂上に方形郭で四方が土塁と堀に囲まれた城があらわれます。かなり崩れていますが土塁の高いところは5メートルぐらいありました。郭の中はけっこう広いのですが、ヤブ状態。木に青いパネルがつけられており、伊賀の山城ではこの青いパネルに城の名前が書かれていて本丸跡の目印になります。もっともパネルに桐ケ谷城の字は見えないぐらいになっていました。 

城の記録は残っていないようですが、すぐ近くに初瀬街道(奈良と伊勢を結ぶ街道)があり、街道のすぐ山側に阿保城(あおじょう)があります。聖武天皇の阿保頓宮があったとことも言われています。 

桐ケ谷城は阿保城のすぐ裏手の山なので阿保城の詰城か支城だったのでしょう。城氏城が初瀬街道の向こう側に見え、青山町の街道宿は城氏城、桐ケ谷、阿保城の3つの城が連携して守っていたのでしょう。 

城氏城 天正伊賀の乱の舞台

sirosijyo201401.jpg専門家派遣の帰りに近鉄・青山町駅で下車。 

青山町駅のホームからすぐ北に小山が見えていて日生学園の看板がかかっていますが、ここが城跡。低い山なのでスーツで大丈夫だろうと、登りはじめましたが、これが大きな間違い(笑)。途中からヤブだらけの崖をエッチラオッチラ登ることになってしまいました。 

城を探索して帰りに分かったのですが、登るのなら山沿いの西に舗装されていない道の途中に山から水が流れているところがあり、ここからだと比較的、簡単に山に登れます。たぶん大手道だったんでしょう。本丸近くまで水の流れが続いていて、籠城するなら水の確保はとても重要です。現在まで水の流が続いているとなると、かなり考えて縄張したのでしょう。 

この城は城氏の城ということで城氏城という名前になっています。城八太夫という人物がいて、信長と戦った天正伊賀の乱について書かれた伊乱記に名前がでてきます。城氏城も天正伊賀の乱の舞台だったようです。青山町は青山高原を超えたところにあり、伊勢から北畠(織田)信雄が攻めると、ちょうど伊賀への入口にあたりますので、いの一番で攻められたんでしょう。 

いくつかの郭と本丸を取り巻く堀と土塁がなかなか見事でしたが本丸は狭かったです。歩いて15歩ほどしかありませんでした。 

今日、1月23日は電子メールの日

mail20140123.jpg今日、1月23日は電子メールの日です。 
「1・23」→「いい・文(ふみ)」→「E文」の語呂合わせで、電子メッセージング協議会(JEMA)が1994年に制定しました。 

いまさらなんですがメールをきちんと送っていますか? 

誰でも、「面と向かって言いづらい」ことはあると思います。特に上司には。 
直接怒鳴られたりする可能性のないメールなら、比較的言いやすいですが、これは要注意です!! 

重要な案件の場合は、最も迅速かつ確実な方法で報告しましょう。目の前に上司がいるのであれば、最も確実な方法は「面と向かって直接話すこと」です。もし上司が出張中などで、電話をしても繋がらないなどといった状況では、留守電に「ライバルに契約を取られてしまいました。詳細はメールしておきますが、時間が空いたら折り返し電話をしてください。」とメッセージを残し、メールで経緯や理由を報告するとよいでしょう。 

【ワンポイントアドバイス】 
・重要な報告は、”最も迅速で確実な方法”で報告する。優先順序は、以下の通りです。 
(1)直接口頭で 
(2)電話 
(3)メール・FAX 

▼一通のメールが信頼を失う 
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